小学校時代に体験したことは、大人になっても記憶に深く残っており、またそのときに得た学びの偉大さを感じることも多いものです。
今回は、学校法人新渡戸文化学園が運営する「新渡戸文化小学校」校長補佐の遠藤 崇之さんとプロジェクトデザイナー兼教諭の栢之間 倫太郎さんに同校の特色について伺いました。
児童主導でプロジェクトを遂行する、独自の教科を取り入れている同校の教育は非常に興味深いものがあります。
子どもに豊かな経験を通して成長してほしい、自主性や感受性を養ってほしいと願う保護者の方はぜひご一読ください。
プロジェクト科やスタディツアーのある小学校
ー本日はよろしくお願いします。まず「学校法人 新渡戸文化学園」の概要と「新渡戸文化小学校」について教えてください。
遠藤 崇之さん(以下、遠藤):「新渡戸文化学園」は東京都中野区にある、子ども園・小学校・中学校・高等学校・短期大学の揃った総合学園です。学園の同敷地内に1才児から短大生までが在園・在学しています。
初代の校長は、旧五千円札の肖像としても有名な新渡戸稲造で、1927年に新渡戸氏の弟子である森本厚吉氏によって創立されました。もうすぐ100周年を迎える歴史ある学校です。
現在は学園全体を通じて「これからの時代に必要な教育をつくり出そう」と大きく進化をしているところで、伝統に甘んじることなく、さまざまな新しいことに取り組んでいます。
「新渡戸文化小学校」は、各学年に30名の学級が2クラスずつ、全校児童数360名を定員とした、小規模で運営している小学校です。
ー新渡戸文化小学校の特徴である「プロジェクト科」について詳しくお聞かせください。
栢之間 倫太郎さん(以下、栢之間):現在の小学校のカリキュラムに「総合的な学習の時間」という、いろいろな教科の学習を取り入れながら、各学校の特色を活かして展開できる授業があります。
当校の「プロジェクト科」は、その総合的な学習の時間をさらにパワーアップさせた学習です。
対象は3〜6年生で、取り組み内容は特に限定していません。4つのルールさえクリアしていれば子どもたちと先生で相談して、どんなことでもできます。
その4つのルールとは、まず1つめに「大人も子どももやる意義を感じる」ということです。たとえば「5年生は毎年〇〇を」という具合に、毎年恒例で活動内容が決まっていると、みんな「これはやるものだ」という予定調和の意識でしか参加しないと思うんです。
そうではなく、みんなが「これはやる意義があるぞ」「絶対やってみたい!」と心から感じるテーマを見つけることを、まず第1の条件にしています。そのために社会の役に立つ内容にしたり、その道のプロが協働してくれたりと、さまざまな工夫をしています。
2つ目は、何かを調査したり、調査したことを発表したりする過程で「試行錯誤する時間がたっぷりある」ことです。じっくりと探究することを大切にしています。
3つ目は、調査したことを発表する際に「最後は何かをつくって表現する」こと。
ほかの児童や先生、保護者に見せる壁新聞程度のものではなく、自分の考えや調べたことをしっかりと表現した、第三者が見たいと思うようなものをさまざまな手法で制作します。アートの手法を取り入れたり、iPadなどでクリエイティブに表現したりします。
4つめは「教師主導ではなく、子どもたちがマネジメントしてプロジェクトを進める工夫をする」ことです。
子どもたちがプロジェクトを自分の言葉で語れなければ、意味がありません。児童たちが「自分たちはこういうことがしたくて、そのためにこれをしているんだ」と語れるように、さまざまな工夫をして子ども主体のプロジェクトマネジメントができるようにしています。
以上の4つのルールをプロジェクト科の共通のビジョンとしていますが、自由度は高く、児童たちと担任教師の興味・個性・強みを最大限に活かした、オリジナルのテーマに取り組めます。
これまでにも、HIS社とコラボして旅行会社を立ち上げたり、オリジナルのノートを自分たちでデザインして製本したり、教室全体をコロナ禍の社会を表現するアート作品を制作したり…と、さまざまな活動が展開されました。
児童たちの意思が大きく反映された活動も多く、現在の3年生はウクライナ情勢を受けて「自分たちに何かできることはないか」と、ウクライナを題材にしたプロジェクトを進めています。
1つのプロジェクトにかける期間の目安は3か月です。長期間の取り組みでは大変なこともありますが、みんなで楽しみながら協働して、成長していける時間ですね。
遠藤:教育において、子どもたちの学び心にどうやって火をつけるのかが重要な要素で、プロジェクト科ではそれをさまざまな仕組みで具現化しています。
日常的な教科書の勉強にはない、児童たちの興味・関心やモチベーションをより深めながら学べる設計であることを大切にしています。
ー「スタディツアー」という取り組みも連動しているそうですね。
遠藤:「スタディツアー」は、旅ならではの学ぶ力・教育の力を最大限に活用することをねらいとした、「新しいかたちの修学旅行」です。
2022年6月に初めて実施し、新渡戸稲造氏の出身地でもある岩手県へ行ってきました。
栢之間:このツアーは、6年生がプロジェクト科で取り組んでいる「てんでんco.PROJECT」の一環でもあり、最大の目的は「あなたにとっての幸せとは?」を探究することでした。
旅先では、東日本大震災の津波で市の85%が浸水被害を受けながらも、人々が力強くまちづくりを続けている岩手県大槌(おおつち)町を訪問しました。
ここに住み続け、活動する人々との出会いが、東京で暮らす小学生にとって、自身の幸せを見つめなおす機会にもなるのではないかと思ったんです。
「てんでんco.PROJECT」という名前は、津波が来たらてんでんばらばらに逃げなさいと教える言葉である「津波てんでんこ」を由来としているのですが、幸せのかたちもまた人それぞれだと思っています。
旅の道中では、児童たちがいくつかのチームに分かれて、別行動をする仕組みをとり、各チームがそれぞれの行き先で、異なる幸せのかたちを見つけてきました。
また、みんなで集まって情報交換をしたり、ワークショップなどをおこなったりもして、より“幸せ”について学び深めることができたと思います。私たち教師にとっては、児童からも多くのことを学んだ旅でした。
そして「旅を通して自分の考えがどう変わったか」を表現することも、本プロジェクトの大事なポイントです。
児童たちは今、スタディツアーで感じたことを、文章や詩、絵など、てんでんこな方法でアウトプットしているところです。
最終的には児童たちが表現したことを一冊の本にして、岩手でお世話になったみなさんに届けることが、プロジェクトのゴールになります。
子どもと大人が共に学び、体験を通じた幅広い学習があり、そしてそこで得た気づきをアウトプットにつなげられる、これこそが、この探究的なプロジェクトの本質だと実感しています。
ー児童からはどういった反応がありますか?
遠藤:プロジェクト科では、学校の通常授業や塾にはない学びがあることを実感している児童も多いと感じますね。
スタディツアー後は「1人では思いつかないことも、みんなと力を合わせたから考えて実現できた」「いろいろな物事に対する見方が変わった」「この経験を通して自分自身が変わった」などの声があがりました。
小学6年生でここまでの学びや気づきを得ることは、教科書勉強だけではなかなか難しく、プロジェクト科の仕掛けがあるからこそできる経験や学習だと感じています。
プロジェクト科で目指しているのは、ワクワクしたり、自分のなかのスイッチが入ったり、エネルギッシュになれたりする要素が詰まった時間になることです。
きっと子どもたちもそう感じてくれているのではと、手前味噌ながら思っているんですよね。
新年度生向けの学校説明会を実施
ー開催予定の行事やお知らせがあれば教えてください。
遠藤:9月8日(木)に小学4・5・6年生対象のクラブ活動「新渡戸クラブ」の見学会があります。
当校のクラブ活動は、将棋やプログラミング、サッカー、バスケットボールなど、すべてその道のプロや一流の方が指導にあたっているのが特徴です。いろいろな魅力をご紹介するのでぜひお越しください。
また、9月17日(土)と11月26日(土)には学校説明会を実施します。プロジェクト科のことを含め、当小学校の特色について詳しくお話しさせていただきます。
保護者が説明を受けている間、子どもたちは工作をしたり歌を歌ったりなど、小学校での学びを体験していただけます。
去る7月2日には放課後の活動の場である「アフタースクール」の説明会兼体験会も開催し、たくさんの方にご参加いただきました。
今後の説明会などの予定は変更になることもありますので、最新情報は、当校公式サイトの入学案内・説明会情報ページをご確認ください。
子どもが個性を活かして輝ける教育の場を
ー最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
栢之間:私たち教員の本当の役割は、児童たちが自分なりの輝き方ができるように、サポートすることだと思っており、私たちはそれが叶う教育の場をつくろうと日々努めています。
それを象徴するプロジェクト科は、児童それぞれが自分のもつ個性を活かして、輝ける非常によい時間です。
またいろいろな個性をもった教員たちがそれぞれの強みを発揮し、有意義な学習を実現しています。
当校での学習に興味をもってくださった方は、ぜひいらしてください。
遠藤:どの学校でも教員たちは目指すものや想いをもっていますが、それを実現しにくい側面もあるのが、今の日本の学校界の現状だと感じています。そして私たちもまた、同じ課題を抱えていています。
今日はキラキラしたことばかりをお話ししましたが、私立学校だから特別なことができるということではありません。
教育への目標や理想をなんとか実現したい、という想いをもった教員たちが集まっているからこそ、できることだと思っています。
本気でよい教育をつくっていきたいと思う気持ちで、今、少しずつかたちにしはじめたところです。
児童たちが世のなかに出ていく2030〜2040年代に、どういう姿であればよいかを考え、子どもにとって本当に必要な教育をかたちにして提供する、当校はそんな小学校です。
今はまだ荒削りかもしれませんが、こういった想いにかけてくださる方は、ぜひ一緒に学んでいただけるとうれしく思います。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力・写真提供:学校法人新渡戸文化学園 新渡戸文化小学校