子どもが毎週デコボコの土や草のグラウンドでサッカーをやっているという方は多いでしょう。練習場所が毎回違うという方もいるかもしれません。日本のサッカーを取り巻く環境は、じつは世界の強豪国と比べて決して恵まれているものではないといいます。
今回は、千葉県市川市に国際規格の広い独自のグラウンドとクラブハウスをもつ「FC市川ガナーズ」代表の幸野健一さんにお話を伺いました。
幸野さんはサッカーコンサルタントとして、日本中のサッカー少年・少女の保護者の悩みを聞き、助言をおこなっていることでも広く知られています。
子どものサッカーについて悩みをお持ちの方、子どもには恵まれた環境で楽しくサッカーをさせたいという方は、ぜひご一読ください!
専用グラウンドとクラブハウスを所有
―本日はよろしくお願いいたします。まずは、「FC市川ガナーズ」についてお聞かせください。
幸野 健一(以下、幸野):「FC市川ガナーズ」は、もともと「アーセナルサッカースクール 市川」として、2014年の4月にスタートしたサッカークラブです。
セレクション制の「チーム」(U-12~U-18)と、セレクション不要の「スクール」があり、スクールは幼稚園から小学校6年生までの男子・女子が対象です。
僕自身イギリスへ行ってサッカーをやっていましたが、サッカーの母国イギリスでは4部、5部というクラブでさえ独自のグラウンドとクラブハウスを所有しています。
クラブという名前がつくと、それはグラウンドとクラブハウスを持っているという意味であり、サッカークラブの定義でした。
イギリスではそもそも、グラウンドを予約するという感覚がなくて、グラウンドはいくらでもあるから、いつでも行けばサッカーができるという環境なんですね。
それに対して日本は、イギリスと比べたときにグラウンドの数が圧倒的に足りないという現実があります。Jリーグのクラブ以外はほとんどが自前の施設を所有していません。
とくに首都圏では、サッカークラブといっても、多くはフットサル場や、小学校の土の校庭を借りてサッカーをやらざるを得ない状況です。
環境面で世界にまったく追いついていないこの現状を、何とか変えたいという想いがずっとありました。
そんなときに偶然、千葉県市川市に土地を見つけて、そこにグラウンドをつくれるチャンスが巡ってきたので挑戦することにしたんです。
フルピッチのグラウンドを建設するには、日本のどこにつくるにしても1億円ぐらいかかります。私たちの場合は、イギリスで生まれたPFI(Private Finance Initiative)というビジネススキームを用いてファンドを設立し、1億5千万円ほどかけてグラウンドを建設しました。
当然、収益をあげてファンドにお金を返していかないといけませんから、月謝3,000円でクラブを運営することは不可能です。
ある程度収益が上がる仕組みをつくる必要があり、そのためにはクラブとしての価値を高め続けなければいけません。
現在はチームの選手のみですが、たとえば小中学生にもウェアラブルセンサーを使用し心拍数を計測していますし、体組成計InBodyを導入して選手の体を定期的にモニタリングしています。
それだけではなく、映像分析やスカウティングするためのアナリストや、怪我をした選手が完治するまでしっかりケアをするためにトレーナーもいるんですよ。
グラウンドはフルピッチの人工芝ですが、建設から7年経つので今年の1月に張り替えます。
このようにFC市川ガナーズは、“付加価値”を高める取り組みをおこなっているクラブだといえるでしょう。
ジュニアスクール、ジュニアユース、中学生のカテゴリーでレディースチームがあることも影響しているのか、各学年に女子がいますね。
女子のマーケットは小さく、なかなか選手が集まらないこともあって、一時期は閉めることも考えたんですよ。しかし、それではすでにいる数人の選手が可哀そうですし、スタッフが選手集めに奔走してくれて…。今では30人を超える千葉県一部リーグの強豪チームになりました。
FC市川ガナーズは、すべてのカテゴリーをもつ総合的なクラブとして、日本で最大級のクラブです。フルコートのサッカー場を自前でもっているから、これができるんです。
大事なのは「認知・判断・実行」
―サッカースクールでは、どのようなコーチが教えてくれるのでしょうか?
幸野:コーチはスクール専用ではなくチームの方も兼務していて、ある程度ローテーションで担当しています。
私たちのチームは常に国内だけではなく海外を向いて活動しているクラブということもあって、海外経験のあるコーチが多いですね。時期によっては海外からのコーチもいます。
この仕事をやっている以上、僕もそうですが根本的に、「子どもを成長させてあげて、子どもが将来幸せな人生を歩めるような手伝いをしてあげたい」という気持ちをもっているかどうかが大事だと思います。
とくに育成年代は年齢が下がれば下がるほど、サッカー以外の部分も伝えなければいけないことが多くなり、ただサッカーだけを教えていればいいわけではありません。
僕たちはあくまでも子どもの成長に寄り添いながら、それをうまく手助けさせてあげる存在であるべきだと思うんですね。
コーチとしての経験が豊富なことは当然ですが、子どもが今どんな状態なのかを見極め、一人ひとりに寄り添えるコーチというのが、僕が考えるよいコーチだと思います。
FC市川ガナーズでは約150ページもある「育成メソッド」を制定して、どのコーチが担当しても、クラブとして一貫性のある指導がおこなえる仕組みをつくっています。これもヨーロッパのクラブは当たり前のようにもっているものです。
もちろん、一度つくったらそれで終わりではなく、よりよいものになるように、毎週2時間ほどかけてメソッド会議をおこなっています。
ートレーニングで大事にしていることを教えてください。
幸野:僕たちがトレーニングで大事にしているのは「認知・判断・実行」です。
たとえばドリブルだったら、今自分がいる場所は自分の陣地なのか、相手のボックスに近いのか、自分がいる場所、得点の状況、得点差、残り時間など、いろいろな要素によってプレイの質を変えなければいけません。
ところが、日本の選手の特徴としては、ドリブルする選手はどこでもドリブルすることが多い。状況に関わらず、自分がやりたいプレイをする比率が高いんですよね。
最近多いドリブルスクールに通う子どもは、飛んでくるボールを足元で止めて、目の前の敵を抜く、そういう練習を何回もずっと繰り返していますよね。
そうすると、自分のところにボールが飛んでくるときに、相手ゴール前を見たら味方の選手がいてダイレクトにパスした方が早いのに、その認知と判断ができなくなってしまう傾向にあります。
すべて足元に止めて目の前の敵を抜く。その選択肢しかなくなってしまうような子どもが実際多いんです。
本来、サッカーでは顔をあげて周りを観察して、常に自分が今何をしなければいけないのか、問いかけていなければいけません。なぜなら、サッカーは90分の試合のなかで、ひとりの選手がボールをもっている時間はたったの2分しかないからです。
2分間になにができるかも大事ですが、ボールをもっていない88分間がサッカー選手の能力を決めるといってもいいでしょう。
当然、ただふらふら歩いているわけではありません。常に周りを観察して考えて、自分の仕事を探しているんです。サッカーは「究極の裏方仕事探しゲーム」なんです。
日本ではそこの部分が評価されてこなかったから、足元の技術が重視されがちなんですね。
もちろんドリブルすべきところでドリブルすることは大事ですよ。
ただ認知・判断・実行の3つのなかでは、実行よりも前にある認知と判断が大事。つまり、ドリブルの技術を磨くのではなく、どういうときに、どのタイミングでそれをやるか。
周りを観察してどの状態になったときに準備をして、どういう体の向きをつくっておかなければいけないか。大事なのはそういうところです。
スポーツが教育になってしまった日本
ー日本と海外のサッカー育成の場を熟知されている幸野さんだからこそ、練習で気をつけていることはありますか?
幸野:スポーツはもともと遊びで、楽しいからやるもの。それが根底になくてはいけません。だから、親やコーチに強制的にやらされていたら、どこかで限界が来るでしょう。
「楽しいからやりたい」。そして、子どもがもっとサッカーをやりたいと思えば、自然にうまくなっていきます。
そして次のステージに上がって多少厳しくても、楽しいから厳しさにも耐えられる。そんななかでまた頑張って、さらに上のステージに行く。
子どもが楽しいという気持ちをずっと失わないで、サッカーをやらせるためには、そういうサイクルに導いてあげることが大切でしょう。
怒鳴りまくるような指導者や、勝つために選手を試合に出さなかったりというのは言語道断ですし、練習時間のコントロールも重要になってきます。
僕たちは、週に300分以上はサッカーをさせないようにしています。それが余白にも繋がりますし、バルセロナなど世界のトップレベルのチームでもU-12はだいたい300分が基準値なんです。
でも日本では400分、500分やってる子どもが当たり前のようにたくさんいて、結局日本は世界一練習が長くて、弱いんですよ。やればやるほどダメになります。
それは怪我にも繋がっていきます。10歳で踵が痛い、膝が痛い、中学生で腰が痛いと第五腰椎分離症になる子どもが日本ではとても多いんです。
ヨーロッパにそういう子どもはいないですよ。そもそも、テーピングをして練習や試合をやること自体が禁止されています。
日本と比べても練習時間が少ないんです。その代わりやるときの強度は高いです。やるときはやる遊ぶときは遊ぶというオンとオフが求められているわけです。
それはサッカーだけでなく、仕事でもそうですよね。日本には長時間労働が美徳なり的な考えがありますが、欧米にはないですからね。
サッカーの練習を長い時間やると、これだけやったんだから絶対身に付いてると錯覚しますが、実際は身につきません。だから僕たちは常に、「短時間で集中しておこなう」ことを心がけています。
もうひとつ、生涯スポーツという観点からお話すると、たとえばドイツでは10歳のサッカー少年と40歳のサッカーおじさんの競技人口がほぼ同じです。
一方、日本は小学生のサッカー人口は世界8位くらいいるのに、大人まで続けるのは100人に1人程度。みんな途中で辞めてしまうんです。
なぜ辞めてしまうのかというと、本来スポーツというのは「デポルターレ」というラテン語から来ているように、意味は「遊び」なんですよ。
本来遊びであって、楽しいからやるものがスポーツなのに、日本は70年前に戦争で負けたときに、学校にプールや体育館やグラウンドをつくって、学校に入れてしまったことによって、教育(体育)というものにすり替わってしまったんです。
その瞬間遊び、楽しいからやるものから、忍耐、我慢、義務や礼儀といったものが優先されるようになってしまった…。
夏休みは毎日練習があって、自主練があってまるで修行のようになってしまう。そして多くは高校を卒業するときにはもう燃え尽きて、もう十分やったと卒業、引退してしまいます。
スポーツに引退がある国は日本にしかないですね。元スペイン代表のゴールキーパーで日本代表のコーチにもなったリカルド・ロペスがうちのクラブに1年間いてくれましたが、「中3の夏で引退」はどういう意味なんだと何度も聞かれました。
受験勉強のためと説明しても、勉強だけをやり続けるよりも週に1回でもサッカーをやった方が息抜きになっていいはずだ。なぜ0か100としてしまうのか、意味がわからないとずっと言っていました。本当にその通りだと思いますよ。
極端過ぎるんです。そして、残念ながらそのままスポーツを辞めてしまう子どもが圧倒的に多いんです。
私たちはこの状況を変える取り組みをおこなってきましたし、これからも続けていきます。
サッカーで自らの人生を切り開く力を育てる
―最後に、読者の方へ向けてのメッセージというのをお願いいたします。
幸野:ビジネスの世界で昔は、上司の言うことを聞くのがいい部下だとされていましたが、今はイエスマンではなく、自分の考えをしっかり考えて述べられる人物が求められていますよね。
年功序列や学歴社会が崩壊して、これからの子どもに求められているのは、「付加価値」「人と違う能力」「人と違う才能」を身につけることではないでしょうか。
僕は昨年、「パッション 新世界を生き抜く子どもの育て方」という本を出しました。なぜそんな本を出したかというと、サッカーを50年以上やり続けてきて、僕自身がサッカーによって育てられたと思っているからです。
そして、サッカーというスポーツは、今の日本の社会、そしてこれからますます変わっていく時代に合っていると思うんです。
サッカーはピッチに出たら、ボールを持っている選手がシュートをする、パスをする、ドリブルするという判断を自分の責任で決めます。小さな幼稚園生でさえ、ボールが飛んできたときに後ろ振り向いて、「コーチこのボールをどうしたらいいですか」なんてことはしません。
小さな幼稚園児でもシュートするかドリブルするか、あるいはパスするかということを瞬時に判断して、瞬時に行動しなければならないんです。
それに、サッカーは中盤でのパス回しも組織として大事ですが、相手ゴール前ではディフェンダーを抜いてシュートを打たなければいけないわけですから、組織を大事にする気持ちと、チャレンジ精神のふたつを併せもつ人材が育つはず。
だからサッカーというスポーツを突き詰めていけば、たとえプロになれなくても、社会に出たときにすごいリーダーとなって、社会を引っ張っていけるでしょう。僕たちはそういう未来の社会のリーダーを育てていることでもあると信じて、サッカーの育成に携わっています。
サッカーをやっている子どもたちは幼いころから、「さあ自分で判断して好きなことをやっておいで!」と、何もないピッチに放り出されているんですから、それはまさに自分の力で自分の人生を力強く切り開いていくような訓練をしているようなものです。
だから、今サッカーをやっている子どもたちは、まさにラッキーだと思いますよ。
これを自分が切り開いてやる能力が身につくはずなんです。僕自身もそうやってきましたから。これからも、自分の人生を自分で切り開きたいと思ってくれる子どもたちを育てていきたいと思っています。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
取材協力:FC市川ガナーズ