「子どもの学力を伸ばしたい」と感じたとき、多くの方は学習塾を検討されるのではないでしょうか。しかし机に向かってする勉強ばかりでは、学力は伸ばせても、“自ら学ぶ意欲”を刺激するのは難しいかもしれません。
自発的に学ぶ人になってほしいなら、子ども自身が感じた疑問や深く知りたいことを、時間をかけて突き詰めていく体験をさせることも大切です。
今回は、子どもに本格的な研究体験を提供しているNPO法人「喜界島サンゴ礁科学研究所」所長の山崎 敦子さんにお話を伺いました。
子どもに、思い出として記憶に残るような学習体験をさせたい方、泊まりがけの研究体験に魅力を感じる方は、ぜひご参考ください。
日本で唯一の、サンゴ礁に特化した研究所
ー本日はよろしくお願いします。まずNPO法人「喜界島サンゴ礁科学研究所」はどのような活動をしている団体なのでしょうか?
山崎 敦子さん(以下、山崎):「喜界島サンゴ礁科学研究所」は、主に大学の教員や国内の教育機関の研究者たちが集まって設立したNPO法人であり、日本で唯一の、サンゴ礁に特化した研究所です。
鹿児島市からフェリーで11時間ほど、約380km離れたところに、「喜界島」というサンゴ礁の研究で世界的に有名な島があります。
私たちはもともと世界中のサンゴ礁を研究してきたのですが、7年前に喜界島に調査に行ったことが、「喜界島サンゴ礁科学研究所」をつくるきっかけとなりました。
喜界島のサンゴ礁が隆起した地形を初めて見たときは、「日本にこんな場所があるんだな」と感動したものです。また、そのような美しい場所で、人々が普通に暮らしている光景もとても不思議に感じました。
私は、「こんな素敵な場所にサンゴの研究所があったら、世界中の研究者が集まってくるのでは?」と思い、喜界町に相談したところ、廃校した小学校の校舎の1つを使わせてもらえることになったのです。
2014年に校舎をお借りして、翌年から本格的に活動をスタートすると、研究者や大学生、大学院生が、研究のために喜界島へやってくるようになりました。現在、会員として登録している研究者は70名ほどです。
このように、当研究所にはいろいろな専門分野の研究者たちが集まっているので、将来を担う人材を育てるためにこの環境を活かしたいと考え、教育の活動を始めました。
今ではいろいろな人が「喜界島へ学びに行きたい」と集まるようになり、まるで学校のようになってきているので、「KIKAI college(キカイカレッジ)」と名付けて、3ステップの教育事業をおこなっています。
泊まりがけの研究体験を提供
ー「KIKAI college」の3ステップの教育事業について詳しく教えてください。
山崎:ステップ1は、研究者と小学生〜大学生までがチームを組んで、夏休みに泊まりがけで研究をおこなう「サンゴ礁サイエンスキャンプ」です。
「サンゴ礁サイエンスキャンプ」は、まずは夏休みに喜界島に来ていただき、サンゴ礁や島で暮らす人の暮らしを見て、感じてもらうことからスタートします。
4泊5日のプログラムで、小学生3年生から高校生まで参加できますが、高校生はキャンプ終了後、さらに1週間残って研究を続け、全部で11泊12日することになりますね。
大学教員や第一線で活躍する研究者がメンターとなり、参加者自身が興味をもったことや、もっと知りたいことは何かを探り、そのテーマについて1週間の研究体験をします。
ー「サンゴ礁サイエンスキャンプ」では、どのような体験ができるのですか?
山崎:まず、小学校3年生から高校生まで縦割りで研究チームを組みます。
それぞれのチームのなかで自分ができることを考えたり、役割分担したりしながら研究を進めて、最終的にはポスターを準備して発表会をします。
発表に使う絵を描く人、積極的に議論に参加する人など、それぞれ自分の得意を活かして研究に貢献していますよ。
最初は皆さん初対面で緊張していますが、すぐに仲良くなって、上の学年が下の学年をサポートしている姿が見られます。
ーキャンプ後の高校生の研究体験は、どのような流れで進むのでしょうか?
山崎:まず、大学教員や海外の講師によるレクチャーがあります。
レクチャーを聞きながら、自分がどんなことに興味をもっているかをキーワードとして書き出して、テーマを決めて研究計画をつくります。この段階で、参加者の皆さんは結構頭を悩ませるのですが、それもひとつの学びですね。
その後、実質5日間の短い間で研究から発表までおこなうので、「研究ってこんなに大変なんだ」と、大人の研究者が抱えるような悩みを体験していただけるプログラムとなっています。
長期間なので友だちもできますし、大学教員たちと話しながら研究していくため進路についても相談することができて、有意義な体験ができるかと思いますよ。
ー今までにあった研究テーマの例を教えてください。
山崎:たとえば、魚がどういう環境に住んでいて、どういう生活をしてきたかを耳石から調べた人がいましたね。
サンゴがどういう環境に生きているのか、サンゴの種類や水質から調べる研究をした人もいました。
ほかには、喜界島の水の循環がどうやって成り立っているのかなど、さまざまなテーマがありましたよ。
子どもの研究活動を通年でサポート
ー続いて、「KIKAI college」ステップ2の「サンゴ塾」について教えてください。
山崎:以前、サンゴ礁サイエンスキャンプ参加者のなかに、「喜界島に移住して研究したい」「高校3年間は研究しながら学校に通いたい」という人がいました。
私たちは彼らを受け入れるため、研究所のなかに、通年で研究できるシステムをつくろうと始めたのが「サンゴ塾」です。
現在サンゴ塾は、通っている年数によって、「1年目」と「2年目以上」の2段階に分けて、それぞれ異なったプログラムを実施しています。
1年目は、オンラインも活用しながら月1回のレクチャーを受けて、レポートの課題をこなしていきます。
2年目以上になると、週1回の授業をしながら、それぞれが通年の研究テーマを決めて取り組みます。これは島に留学してきた人や、以前からサンゴ塾に入っている人たちが対象ですね。
研究計画をつくり、保護者の方の力を借りながらフィールドワークをして、そこに大学教員や研究機関の研究者などの専門家による直接指導の時間も設けています。
ちなみにサンゴ塾は、今年からJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)という機関の次世代人材育成事業「ジュニアドクター育成塾」に採択されました。
ー「KIKAI college」ステップ3の「カレッジ」ではどのような活動をしていますか?
山崎:現在「カレッジ」はプレ開講をしています。
喜界島に来る大学生・大学院生のなかには「研究活動を体験してみたい」「地域の課題に取り組みたい」「環境保全をしたい」という人がいます。
カレッジはそのような人を対象とした取り組みで、3か月から半年ぐらいのプロジェクトに研究者をはじめとするメンター・指導者を付けて、10月以降は講義も実施できるように準備しています。研究所はもちろん、世界で活躍する研究者、人材を育てていきたいです。大学や仕事と両立して通えるかたちを準備しています。
これまでに海外の研究者が指導者になったこともあるので、英語の授業を開講することもあります。
最終的には、科学的な知識や研究した成果を英語で表現できるところまで目指したいと思っているんですよ。
「喜界島で学んでいる人たちがいる」ということを、参加者自身によって国際的に発信できる仕組みをつくりたいので、英語にも力を入れていきたいですね。
島留学やサンゴ塾への参加者を募集中
ー「サンゴの島」では留学生を募集しているとのことですが、今後留学生の募集予定はありますか?
山崎:はい。これから留学生を募集していきます。
「サンゴの島留学」は、以前サンゴ塾に通っていた2人の高校生が、島に移住してきたのがきっかけで始まった取り組みです。彼らはほぼ一人暮らしで島に住んで、高校生活と研究の両立をやり遂げたんですよ。
しかし、当時は留学生の受け入れ準備が十分ではなかったため、学校の先生や喜界島の役場のみなさんと協議会で話し合い、今後喜界町に寮を建てることになりました。
寮が完成すれば、高校生活をしながら研究に取り組みたい方をきちんと受け入れられるようになるかと思います。
ー今後開催予定のイベントについて教えてください。
山崎:KIKAI collegeと、そのプレスクールであるサンゴ塾では、通年で講義やイベントを実施しています。毎月4週目の土曜日に、全国サンゴキャラバンとして、サンゴ塾の受講体験ができるイベントを実施中です。
22年2月に開催を予定しているサンゴ塾のプログラムでは、今までの講義をもとに、実際にサンゴ礁へ行く前に自分はどのようなことを知りたいかを考え、研究計画を立てます。
そして、22年3月の春休みには、喜界島か奄美群島内の島でフィールドワークを実施予定です。
今後は海外拠点も視野に
ー今後の展望について教えてください。
山崎:今後は、子どもから大人まで、喜界島に集まっている人たちが1つの輪になりながら、地球やサンゴ礁、人の問題や課題を解決していく学校をつくりたいと思っています。
未来ある人たちが、今住んでいる場所やこれから住む地域の問題を自ら解決できる力を身につけられるよう、どのような世界に行っても活躍できるよう、育てていきたいですね。
そして、この学校を、国内だけでなく海外にも展開していきたいと考えています。
サンゴ礁のある地域は発展途上にある場合が多いので、恵まれた生活ができる日本からいきなり現地に行くと、課題がたくさん見えると思うんですよね。
「その場所で何ができるか」を、現地の人と日本から来た人が一緒に考えられるような海外拠点をつくろうと準備しているところです。
異文化のなかで現地の人とお互い刺激し合ったり、コミュニケーションを取って理解し合う経験を積めば、この先どのようなところに行っても生きていけるでしょう。
ー最後に読者の方へメッセージをお願いします。
山崎:喜界島サンゴ礁科学研究所の理念は「100年後に残す」です。
サンゴ礁や今自分が見ている景色、生活や文化などのなかから、“100年後にも残っていてほしいもの”を皆さんに聞くと、とても明るい未来を想像してくれるんですよ。
一人ひとりが、何か大切なものを100年後に残すつもりで活動すれば、きっと100年後の未来はすばらしいものになると思います。
研究者に限らず、この理念に共感する人たちが集まって1つのことに取り組めば大きな力になると思うので、私たちはそういう方々を募集しています。
「100年後に残す」というテーマに共感される方は、ぜひ当研究所の活動に加わっていただきたいです。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:NPO法人 喜界島サンゴ礁科学研究所