フィリピンには、貧しくて学校に行くことができず、小さいころから生活のために働いている子どもが多くいます。
子どもが学校に行って教育を受けられないと、大人になってからも仕事を選ぶことができず、貧困に陥る可能性が高くなってしまいます。
そこで、フィリピンの子どもたちに、教育支援を通して“選択肢のある社会をつくること”を目指し活動している団体が、NPO法人「ソルト・パヤタス」です。
教育支援の成果を、具体的なデータで示すという取り組みもおこなっています。
今回は、NPO法人「ソルト・パヤタス」理事の井上 広之(いのうえ ひろゆき)さんに、具体的な活動内容や今後の展望について詳しくお話を伺いました。
ごみ山で働く子どもたちを学校へ行かせたい
―本日はよろしくお願します。まずは、NPO法人「ソルト・パヤタス」の設立経緯について教えてください。
井上 広之さん(以下、井上):1994年に、当時教員をしていた創設者の女性ふたりが、フィリピンのパヤタス地域で活動しているNGOのスタディーツアーに海外研修プログラムとして参加したことがきっかけでした。
パヤタス地域で子どもたちが学校にも行けず、一日中ごみの山で働いている姿を目の当たりにして、自分達にも何かできることはないかと考えて設立したのが「ソルト・パヤタス」です。
設立当初は任意団体だったのですが、2008年にNPO法人化されました。
―「ソルト・パヤタス」では、どのような活動をおこなっているのでしょうか?
井上:最初は、小学校に通うための経済力がない子どもたちの学費を、日本から支援するための活動から始まりました。
そして、現在では3つの活動をおこなっています。
1つめの活動は、子どもへの教育支援事業です。
子どもたちを経済的に支える奨学金支援に加え、2010年には現地に図書館を建設し、“学校以外での子どもの学び場”として子どもたちに開放したり、定期的にワークショップをおこなったりしています。
2つめの活動は、女性の収入向上事業です。「女性のエンパワーメント事業」と私たちは呼んでいます。
この事業は2000年から始めたのですが、当時は子どもだけではなく、女性のなかにもごみ山で働いて生活している人が多くいました。
女性の収入向上事業では、仕事を女性たちに見つけ、ごみ山に行かなくてもいい生活を送れるようにすることが目的です。
3つめの活動は、日本国内でのスタディーツアーの企画運営や講演をおこなう啓発事業です。
国際協力や貧困問題の解決に興味がある学生・社会人を、スタディーツアーでフィリピンに連れていくことで、私たちの活動を実際に見てもらっています。しかし現在は新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、残念ながらスタディーツアーの受け入れは停止しております。
―現地に活動拠点はあるのでしょうか?
井上:フィリピンのパヤタス地域には、2ヶ所活動拠点があります。
1つめは、「わかばライブラリー(わかば図書館)」という名前の図書館です。
現在は新型コロナウイルスの影響で閉鎖しているのですが、「わかばライブラリー」では子どもたちに絵本の読み聞かせのワークショップをおこなったりしています。
もう1つは、図書館の隣にある「LIKHAライブラリーフットセンター」です。
「LIKHA」とは、タガログ語でクリエイティブやクリエイション、想像という意味を持つ単語ですね。
女性収入向上事業のためにできた女性のグループを“LIKHA”と名づけており、「LIKHAライブラリーフットセンター」が生産拠点となっています。
また、「LIKHAライブラリーフットセンター」は2階建てになっていて、1階では刺しゅう製品を作成し、2階はワークショップスペースとして、スタディーツアーの参加者や地域住民向けのワークショップなどをおこなう場所として活用中です。
そのほかにも、カシグラハン地域で活動もおこなっており、カシグラハン地域にも図書館とセンターを1つずつ設置して活動拠点としていますね。
金銭面からスキルアップまでさまざまな教育支援でアプローチ
―教育支援では、具体的にどのような支援をおこなっているのでしょうか?
井上:「ソルト・パヤタス」では、さまざまな教育支援をおこなっています。
まずは、子どもが学校に通うための奨学金の支援です。
日本で現地の子どもたちを支援してくれるスポンサーを募集し、年に4万8千円の寄付をいただき、現地に送金。寄付金を現地法人が管理し、子どもの教育に必要な学用品を買ったり、交通費などにあてたりしています。
次に、子どもの出生証明書の取得支援と再就学支援です。
フィリピンでは、子どもが生まれた際に、公的機関で出生証明書を発行する必要があります。
しかし、パヤタス地域では近所の助産婦さんやヒーロットと呼ばれる伝統的なマッサージのセラピストなどが立ち合い、そのまま家のなかで出産するというケースがまだまだあるのが実情です。
病院で出産した場合は出生証明書が比較的簡単に取得できるのですが、家庭で出産した場合は、出生証明書を取得せずに過ごしてしまうという問題が発生しています。
出生証明書を持っていないと、子どもが学校に通うことができません。
そこで、出生証明書を取り直すための支援や、出生証明書がないことが理由で学校に通えなかった子どもを、改めて学校に通うための支援をおこなっています。
そのほかにも、東京大学、慶応義塾大学、一橋大学で開発経済学などを研究している研究者の方々と共同して、ライフスキル教育に関する支援もおこなっています。
フィリピンでは奨学金支援を受けていても、途中で学校をやめてしまう子どもが多くいます。
私たちは子どもが教育を受けられないのは、その子どもの家庭に経済力がないからであり、日本から資金援助すれば解決すると当初は考えていました。
しかし、長年地域で活動をしていくなかで貧困という経済的な問題だけではなく、家庭環境の問題や薬物使用など荒れた友人関係、女の子の低年齢出産など、さまざまな問題が見えてきたのです。
そこで、経済的な支援だけではなく、子どもたちのマインドセットや自己開発できる能力を育くむことに注目し、ライフスキル教育の支援を始めました。
短時間でも受け入れ可能なスタディーツアー
―スタディーツアーについて、詳しく教えてください。
井上:スタディーツアーは、「ソルト・パヤタス」設立のきっかけにもなっているため、とても大事にしている活動です。
「ソルト・パヤタス」のスタディーツアーは、「いつでも、どんなに短い期間でも、参加者が何人でも受け入れる」が特徴です。
たとえば、極端な例で言うと「ひとりで1時間だけスタディーツアーに参加したい」という要望を持った人がいたとしても、予算とスケジュールが合えば私たちは受け入れます。
ほかのNGOの場合、あらかじめ決められた日程でツアーパッケージを組み、日程に合わせて参加者を募集するという形が多いです。
しかし私たちは、現地がお休みの日以外は、1年中いつでも参加者を受け入れるというスタンスなので、ツアー内容もなるべく短い時間で完結できるプログラムを用意しています。
また、私たちはスタディーツアーの運営を主催するだけではなく、直接現地の人からさまざまな歴史の話を聞ける機会を提供するなど、参加者と地域の人を繋ぐコーディネーターとしても活動しています。
―スタディーツアーには、どのような人が参加しているのでしょうか?
井上:約7割が大学生ですね。
NGOの場合だと9割くらいが大学生だと思いますが、「ソルト・パヤタス」のスタディーツアーは、1日に3時間などの短時間訪問でも受け入れているため、フィリピンに出張で来ていた社会人の方が、帰国までの空いた時間に参加してくれることもあるんです。
また、会社や企業などの団体が、フィリピン研修で滞在している際に、滞在日の1日を使用してスタディーツアーに参加してくれることもありました。
そのほかにも、フィリピン駐在の家族が子ども連れで参加してくれるケースなどもありますね。
日本の子どもに、「フィリピンの同年代の子どもたちが、自分とはまったく違う環境に住んでいる」という現実を見てもらうためのよい機会になっているのでしょう。
しかし先ほども申した通り、残念ながら現在は新型コロナウイルスの感染拡大の影響でスタディーツアーの受け入れを停止しております。その代わりにオンラインでの講演やワークショップなどを実施しております。
支援の効果を具体的なデータで伝える
―今後の展望について教えてください。
井上:展望は3つあります。
1つめは、インターネットを利用した学習形態である「Eラーニング事業」の立ち上げです。
本来なら8月2日から開始している予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響でフィリピンのロックダウンが強化されてしまったため、残念ながら延期になりました。(2021年8月15日現在)
新型コロナウイルスの影響で、学校での対面授業が再開されないと、子どもたちの間で学力差が広がるであろうことが容易に想像できます。対面授業がなされない状況で子どもたちは学校から出される課題に家で取り組む必要があります。
しかし、家庭学習は保護者の教育への関心の有無や学習環境の有無により、かなり個人差が出てしまいます。
そこで、子どもたちが自分の習熟度やペースに合わせて教育を受けることができる「Eラーニング」の授業に注目しました。
フィリピンでは、日本のような形態ではありませんが、インターネットカフェが普及しており、地域に根付いております。地域のインターネットカフェはかなり安価に利用が可能なため、子どもたちがゲームやSN Sをする娯楽の場となっております。
そんな地域に根付いて多くの子どもたちが日常的に訪問するインターネットカフェと協力して、学習コンテンツを提供すれば、子どもたちに娯楽だけではなく、勉強をする習慣も作ることができるのではないかと考えています。
2つめは、性教育をおこなうことで正しい知識を広めたいです。
奨学金支援を受けている学生のなかには、妊娠が理由で学校をやめてしまう女の子もいました。私たちが支援してきた子どもたちだけでなく、女の子の早期妊娠は長年地域が抱えている課題でした。
フィリピンでは避妊具が買えないという経済的な事情のほかに、避妊をすることが宗教の教えに背くという考えが根強く存在しているんです。
法律で中絶が禁止されていて、妊娠をしてしまうと産むことしかできず、女の子は学校をやめざるを得ません。
フィリピンではこのコロナ禍で若い女性の妊娠率が増加しているというデータがあり、正しい性教育の知識を教えていく必要性を感じています。
最後に、自分たちがおこなった活動が、子どもたちに具体的にどのような影響を与えたのか、客観的なデータや情報で示せるようになりたいです。
これまで私たちを含めNPO団体やNGO団体は、支援をおこなったことに満足してしまい、そこで終わってしまっているような部分がありました。
しかし、それだけで終わるのではなく、将来的に私たちの教育支援事業やライフスキル教育が、「どのような成果をあげて、どのような効果をもたらしたのか」をきちんと数値などのデータで伝えられる団体になりたいと考えています。
―最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
井上:読者の方々のなかには、子どもの教育や貧困問題に関心はあっても「どのように関わればいいのかわからない」という方もいるのではないでしょうか。
私たちは、NPO法人の魅力は“参加する手段が多様である”ことだと考えています。
たとえば、寄付をしていただくだけでも参加の手段のひとつですし、スタディーツアーに参加することもひとつの手です。
NPO法人「ソルト・パヤタス」は、子どもの教育や貧困問題に関する多くの方とともに活動していきたいと考えています。
保護者の方はもちろん、子どもが興味や関心を持ったら、ぜひ、どのような参加の手段があるのか相談していただければと思います。
公式ホームページにもたくさんの情報がありますので、ぜひご覧ください。
―本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!
■ 取材協力:NPO法人ソルト・パヤタス