東京オリンピックでの体操競技に、勇気と感動を貰った人はきっと多いはず。
そして、日本代表選手の活躍を目にして、「我が子にも体操を習わせてみたい!」と感じた保護者の方は多いのではないでしょうか。
今回は、体操教室「ACRO(アクロ)」を運営している、NPO法人「ACRO」理事長の林 雅之さんにインタビューしました。
ACROは、基礎トレーニングを重視した“正しい体操”を指導。アクロ体操や、カポエイラなどといった伝統的スポーツを学ぶことができます。
子どもに体操を習わせたい方、体操だけでなく、子どもに「心・技・体」を養ってほしいと考えている方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
アクロ体操の普及に尽力!体操の基礎が学べる教室「ACRO」とは
ー本日はよろしくお願いいたします。「ACRO(アクロ)」はどのようなことを学べる体操教室なのでしょうか?
林 雅之さん(以下、林):「ACRO(アクロ)」は、マット運動を中心に、きれいな正しい体操を学べる教室です。
ほかの体操教室と決定的に違う点は、ストレッチに力を入れているところですね。
先生が子どものうしろについてストレッチの補助をすることを「アジャストをする」というのですが、先生がうしろについてアジャストをし、しっかりと筋肉を伸ばし、ストレッチしていきます。
ストレッチは、生徒ひとりあたり、約7分という時間をかけて、最大限まで柔軟性を高めます。
なぜなら、あらゆる体操の技を正しく実施するには、柔軟性が必要だからです。
柔軟性のない状態で技術だけを学んでも、体がついていかず、その技を正しく覚えることができません。
結果的に遠回りとなってしまうこともあるので、面倒なことを省かないことが大切なのです。
またACROでは、生徒たちを級分けして、基本的な技から順番におこなう方法をとっています。
級は5級からスタートするのですが、各級ごとに課題となる技が決まっていて、その技を一定水準でできるようになったら次の級に進める、というのが一連の流れです。
例えば、バク転など、「かっこよくて難しい技をやらせたい」という保護者の方は多いんですよ。
体操教室のなかには、とりあえずバク転だけできるようにということで、大人が補助してとにかくやらせてみる、といった方針の体操教室もあるでしょう。
しかしアクロでは、自分の級の技ができるようになるまで次のステップに進めません。
だからこそ、正しい技術を身につけることができます。
少し強めのストレッチをしているのも、正しい技術を身につけてもらうため。ちゃんとした体操の技術を学ばせたいというのが私たちの想いなのです。
ー続いて、NPO法人 ACRO設立の経緯について教えてください。
林:当法人は、「アクロ体操」というマイナースポーツの普及を大きな目的のひとつとして、2014年に設立されました。
まず、世界全体の体操をまとめる「国際体操連盟(FIG)」という機関があるのですが、そこには「競技体操・新体操・トランポリン・エアロビック・アクロ体操・パルクール」の6種目が属しています。
アクロ体操は、ふたり以上でおこない、「ダンス・組技・タンブリング」の3つで、技の難度と出来栄えを採点し、その得点を競う国際競技です。
日本ではマイナーですが、世界、特にヨーロッパでは盛んにおこなわれている競技なのですよ。
実は、オリンピック競技としての採用も、毎回一歩手前までいくのですが、なかなか決定までいかなくて。
ユースオリンピック(14歳から18歳までのアスリートが対象の競技大会)には採用されましたが、今はブレイクダンスや、パルクールなどに押されて、またオリンピックから遠ざかってしまった状況です。
アクロ体操を普及させるには、世界選手権やアジア選手権のような、海外の大会に出場する必要があります。
そのためには、選手を育てていかなければなりません。
しかも、ただ選手を育てるのではなく、ピラミッド型に競技人口を増やすことが必要だと考えています。
そのピラミッドのもっとも大切な土台にあたるのが、ACROに週1回の頻度で通っている生徒たちです。
そのなかから「もっと練習したい」という生徒が現れると、週2回、4回、6回と通う頻度が増えていき、ピラミッドの上部にチャレンジする、という流れを想定しています。
週6回の練習となれば、もう選手コースになりますね。
アクロ体操の人材も、ほかのスポーツと同様で、新しく入ってくる人、卒業していく人、やめていく人もおり、人の流れは流動的です。
したがって、法人として体操教室を運営するためには、ピラミッド型をつくっていく必要があると考えました。
そのような経緯から「NPO法人をつくろう」という動きになり、週1回コースから週6回の選手コースまでを一貫して運営するNPO法人「ACRO」が生まれたのです。
幼児クラス~選手コースまで対応するレッスンコース
ー「ACRO」のレッスンコースについて教えてください。
林:まず、アクロ体操のレッスンコースは、週1回、2回、4回、6回の4段階と、幼児クラスに分かれています。
幼児クラスでのレッスンは、でんぐり返しや後ろ回り、倒立、ブリッジ、逆上がり、壁をよじ登る運動、障害物を避けながら走る運動など、半分遊びを取り入れた内容です。
ただストレッチに関しては、小学生以上のクラスとほぼ同じ内容で、やはり強めにやっていますね。
しかし、未発達な部分、特に首などは、決して無理をしません。
そして、小学生以上が所属するのは一般クラスです。コースは週1回、2回、4回の3つ。
先ほどお話ししたとおり、一般クラスは5級から1級まで級分けされており、それぞれ課題の技が決まっています。
もちろん、すべてのクラスにおいて、ストレッチは必ずおこないます。
最後に、週6回の練習をおこなう選手コースです。
選手コースは、1日4時間の練習が基本で、世界選手権などの大会に出場するために、毎日厳しい練習をしています。
ーアクロ体操のほかに、どのようなクラスがありますか?
林:アクロ体操のほかには、「カポエイラ アクロバット」「かけっこ教室」というクラスがあります。
カポエイラ アクロバットは、ブラジルの伝統的な芸能であるカポエイラをとおして、さまざまな体の使い方を楽しく学ぶクラス。かけっこ教室は、学校の体育の補助となるような内容のクラスとなっています。
このクラスでは、おもに運動能力の向上を目指しています。
キャリアを積んだ先生による“一人ひとりと向き合った指導”
ーACROの先生方について詳しく教えてください。
林:では、今回は3人の先生を紹介したいと思います。
まず私は、NPO法人 ACROの理事長をしていますが、本職はカポエイラの先生で、指導歴は12年になります。
ACROでは、カポエイラのほか、アクロ体操の一般クラスの指導も担当しています。
また、選手コースの生徒たちは毎日の練習が忙しく、テスト勉強の時間をなかなか取れないため、私が英語や数学など、勉強のサポートもしていますね。
2人目は、岡 全巨先生。NPO法人 ACROの副理事長と、公益財団法人日本体操協会 アクロ体操委員会の副委員長を兼務しています。
岡先生の担当は、一般クラスと選手コースで、おもに選手の技術指導をしています。
もともとは有限会社POWERBOMB(パワーボム)の取締役を務めていて、当時は会社のアクロバットチーム「POWERBOMB」の一員として、さまざまなショーや、大道芸に出ていました。
その道では有名なトップクラスのチームで、世界中を飛び回ったり、さまざまなテレビCMなどに出演していたんですよ。
また、日本体操協会年間表彰にて「優秀指導者賞」をいただいたこともある、優秀な先生です。
岡先生はキャリアの集大成として、アクロ体操選手育成の道を選び、ここACROで指導をしています。
ちなみに、ショーに出るときの振り付けや、演出も岡先生の担当です。
それからもうひとりは、東京藝術大学出身の松坂 有二先生。
松坂先生は、「アートコース」というクラスの担当で、私たちがショーに出るときの舞台美術や衣装、アクロ体操の練習器具づくりもしています。
ー指導をしていて感じること、大切にしていることなどはありますか?
林:生徒には何かひとつ「これができた!」という達成感を持って帰ってほしいと願いながら、毎回レッスンをおこなっています。
また、先週までできなかったことが、今週少し進歩したなら、それに気づいて必ず声を掛ける、ということを心がけています。
そのため、自然と“印象に残るレッスン”になっているのかな、と感じますね。
例えば、体験レッスンでお話しすると、ACROでは初回は無料で体験できるのですが、参加した10人中9人にご入会いただいているんですね。
体験レッスンの内容としては、やはり先生がきちんとついて、ストレッチのアジャストをし、伸ばしたことのない筋肉を伸ばして、既存の生徒とほぼ同じ強度のストレッチをしてもらうんです。
ストレッチのあとも通常のレッスンと同じように、壁での倒立、ブリッジ、5級のマット運動を1回体験して帰っていただいています。
それは子どもたちにとっても初めての経験となり、「こんな習い事があるんだ」と、よい意味でのカルチャーショックを感じるようです。
保護者の方も、「こんなにストレッチをやるんだ」と思われるようで、参加したお子さんに「頑張ったね」と声をかけたくなるほど。
したがって体験レッスンのあと、2回目に行きたがるかどうかは子どもによるのですが、「行きたくない」とお子さんがいっても、保護者の方が「やらせたい」と連れてくることも多いです。
その結果、体験に来たほとんどすべての子どもたちが入会していきます。
ACROのように、ストレッチをしっかりやる体操教室は、今のところとても少ないと思いますね。
そのため、お子さんの体を柔らかくキープさせたい、と望む保護者の方が多くいらっしゃるようです。
ーストレッチに力を入れている体操教室は珍しいのですね。
林:そうですね。ほかの体操教室では、先生が子どもたちの列の前に立って、1・2・3と号令をかけてストレッチをおこなうのが通常です。
しかし、アクロのストレッチは10種類くらいあり、すべてにおいて先生が補助につきアジャストします。
このやり方ではたくさんの生徒を受け入れることが難しく、コストに見合わない部分も大きいので、ほかの体操教室ではなかなかできないかもしれません。
もちろん、先生の数を増やせば生徒の数も増やせます。
ただ、先生が1時間で見られる生徒の人数は、ACROの場合は6人を上限としています。
もしかしたら「アクロの月謝は高い」と感じる方がいるかもしれませんが、そういった事情があるのですよ。
ー利益度外視で手厚いフォローをされているんですね。
林:「情熱がないとやっていけない」というのが正直なところです。そういう気持ちは、生徒たちには伝わっていると思います。
生徒一人ひとりにあわせた対応をするので、私たちの感覚としては、6対1で個人指導をしているようなイメージです。
というのも、5級・4級・3級のように級が分かれていても、レッスンのスタートは全員同時なんですね。
「4級はストレッチを多めにする」「3級は前半の簡単な技を少なめ、後半の難しい技を多めにする」と細かく調整しつつ、すべての級、体験レッスンの指導も同じ時間のなかで同時におこなっています。
一人ひとりと向きあう指導という言葉は月並みになりますが、ACROこそ、正面から“一人ひとりと向きあって指導している”と胸を張っていいたいですね。
選手の育成を軸に「子どもたちの道を切り開いていきたい」
ー今後どのような活動をしていきたいかなど、展望をお聞かせください。
林:やはり、ひとつは世界選手権に出場できる選手の育成。そして、アクロ体操の普及活動を継続していきたいです。
それから、アクロ体操の選手たちが引退したあとの道も同時に考えていけたらと思っています。
例えば、体操経験を活かすなら、シルク・ドゥ・ソレイユなどのショーに参加するなど、世界に羽ばたいていってほしいなと思いますね。
また、選手たちは膨大な時間をACROで過ごすので、勉強のフォローももっと手厚く対応できたら、と考えています。
現実問題として、中学校を卒業して一般的な高校に行くと、選手としての練習時間が取りづらくなってしまう。そのため、本当はスタジオと学校を融合させたいという想いがあります。
石川県と山梨県にある「日本航空高等学校」という高校をご存じですか?
ここは甲子園に出場するほど野球が強く、さらにはサッカー、バレーボールなどの部活動も強くて有名。そして航空業界の就職が日本一、というとても有名な学校です。
実は、日本航空高等学校は通信制課程も展開していて、ACROはこちらの学校と提携しています。
そのため、大学進学の勉強をしながら、毎日の練習時間を確保し、大きな大会に向けて準備ができるんです。
このように、選手としての道と、もうひとつの道として大学進学も選べるようにすることも大事だと思っています。
ー最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いします。
林:体験レッスンを受けにこられた保護者の方から、「ほかの体操教室に通っているけど、なかなかうまくならない」というお悩みをよく聞きます。
多くの体操教室は「選手コース」と「一般クラス」でクラスが分かれていて、大規模な体操教室の一般クラスは人数が多すぎるため、あまり目が行き届かない状況になりがちなんですね。
そのため、技術がなかなかうまくならないという問題が起きます。
また最近は、アクロバットが手っ取り早く習えるような体操教室も増えてきています。
しかし、正しい基礎が身についていないうちから技の練習をしてしまうと、怪我のリスクが心配です。
それだけでなく、できあがった技が美しくなかったり、連携が悪かったりという弊害も出てきます。
体操の技は、2つ、3つと繋げることがよくありますが、組みあわせるためには体操の基礎が絶対に必要。
その基礎を一般クラスの生徒にまで教えてくれる体操教室は、ほとんどないのが現状なんです。
一方、ACROでは、選手コースはもちろんのこと、一般クラスにおいても、体操の技術を基礎から学ぶことができます。
ACROのように、“正しい体操”をきっちり教えてくれる体操教室って、実は少ないんですよ。
「子どもに正しい体操を学んでほしい!」と考えている方は、ぜひACROの体験レッスンにきてみてください。
私もひとりの娘がいて、親として痛感することは、「習い事は親が大変」ということ。
保護者の方は、習い事にあわせてさまざまなことを調整するなど、大変なことも多いと思いますが、子どもの明るい未来のために頑張っていただきたいです。
子どもが幼いうちに学ぶべきこと、その時期にしか身につかないことは確かにありますから。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:NPO法人 ACRO