「自然」と聞いて、どんな風景が思い浮かびますか?
それは近所の公園でしょうか?家族でいったキャンプ場の風景でしょうか?
自然と接する機会が減った今、子どもたちにとって自然を体験することはとても重要です。
その経験は机のうえでおこなう勉強よりも、はるかに子どもにとっての貴重な財産となります。
今回は、石川県の自然をたっぷり体験できるプログラムを集約している「いしかわ自然学校」事務局の井上尚子さんにお話を伺いました。
石川県の豊かな自然と触れ合える「いしかわ自然学校」
ー本日はよろしくお願いします。早速ですが、「いしかわ自然学校」の概要について教えてください。
井上尚子さん(以下、井上):いしかわ自然学校では、石川県をはじめとした行政やNPO、民間事業者とネットワークを組んで、自然体験プログラムを提供しています。
具体的な学校を指しているわけではなく、石川県の豊かな自然をフィールドにした自然体験プログラムを「いしかわ自然学校」と位置づけています。
同校には3つの理念があり、まず1つ目が「自然を愛し、環境の保全に配慮する人の育成」。
2つ目が「資源としての自然の持続的利用と保護の両立」、そして3つ目が「行政、自然・地域団体民間事業などの連携」です。
この3つを大切にしながら、さまざまなプログラムを展開しています。
わたしたちの目的は、豊かな自然体験を通して、「自然の素晴らしさに気づく人をもっと増やし、ひいては地域を愛する人たちを増やすこと」。
そして、「自然環境に対する人の意識を高める」ということです。
平成19年度には、独創的な運営形態と活動内容が評価されて、環境大臣表彰である「エコツーリズム大賞」の優秀賞を受賞しました。
現在、年間で登録されるプログラムは400以上あり、子どもから大人まで約4万人が参加しているんですよ。
ー続いて、「いしかわ自然学校」の役割を教えてください。
井上:石川県内のさまざまな小規模任意団体や、公共の施設等が企画する「自然体験プログラム」を集約し、発信する役割を担っています。
具体的には、各団体のプログラムの主旨、安全管理などをチェックし、「いしかわ自然学校」のプログラムとして認定・登録をおこなっています。
ちなみに、当団体の仕組みについて説明しますと、事業母体は公益社団法人「いしかわ環境パートナーシップ県民会議」という組織です。
この組織は、主に地球温暖化防止、SDGsの普及啓発などに関する活動をしているのですが、そのなかの一事業として「いしかわ自然学校」があります。
井上:それから、1年間の活動予定が掲載されたホームページの管理や、冊子パンフレットも発行しています。
パンフレットは、金沢市鞍月のいしかわエコハウス、石川県庁19階展望ロビー、県内図書館、公民館などの各種公共施設、道の駅、スポーツ店などに設置・配布していますので、ぜひお手に取ってみてください。
1部のみでしたら無料で郵送もおこなっていますよ。
数々のインストラクターによる多彩なプログラム
ープログラムの選定にはどのような基準があるのでしょうか。こだわりやポイントはありますか?
井上:やはり一番は、プログラムの主旨が理念と合致しているかどうか、そして、安全管理がきちんとなされているかどうかですね。
子どもたちとキャンプに行って、「楽しかったね」で終わるのではなく、主催者側からの「自然を深く感じてほしい、気付きを得てもらいたい」というメッセージが参加者に伝わるようなプログラムを重視しています。
ー「いしかわ自然学校」でおこなわれているインストラクタースクールについて教えてください。
井上:「インストラクタースクール」は、
自然を安全に楽しめる体験プログラムを作成できる方を育てることを目的にしたスクールです。
1年間に渡る講座のなかで、プログラムの企画から運営、実施、評価までを学びます。現在、233名が登録されています。
スクールを修了した方は、実際に自然体験プログラムを実施する団体を立ち上げたり、各団体や施設のスタッフ、また、県が主催する子ども園の自然体験事業のスタッフとして活躍しています。
インストラクターの方たちは、それぞれ自分の得意分野を発揮して、多種多様なプログラムを企画しているんですよ。
たとえば、草木染や、ネイチャークラフト、野草クッキング、水棲昆虫が詳しい方が考える観察会プログラム、貝殻拾いに熱中している方が考えるプログラムなど、思い思いに形にしています。
また、1日を子どもたちと森で過ごす「森のようちえん」活動に関心のある人も増えています。
さらに、ベテランのインストラクターさんの中には、保育士を対象に自然体験の講習をおこなっている人もいます。
ー実施されている団体やプログラムについて詳しく教えてください。
井上:子どもや学生向けのプログラムでしたら、少年自然の家などの公的な施設や、博物館など学芸員がいる施設が企画しているプログラムも人気です。
たとえば「石川県立自然史資料館」の、ちりめんじゃこのなかに紛れている「チリモン」というさまざまな生物を探すプログラムや、「のと海洋ふれあいセンター」の、磯の観察や魚釣り、海藻や生きものの観察などができる「ヤドカリ学級」などは、定番の人気プログラムです。
井上:小規模団体のインストラクターさんが主催している「かが緑の里自然教室」では、「わんぱく遊び塾」という自然体験教室を実施しています。
この教室では、「森の秘密基地づくり」や「いかだを作って川遊び!」「親子でカヤック!」「ドキドキほらあな探検隊」など、わくわくするような活動をしていて、子どもにとても人気があります。
それから金沢市内では、「とりのなくぞう企画」という団体が「森の子育てサロン」という未就学児向けのプログラムを、「夕日寺自然体験実行委員会(ゆめのたね)」という団体は「ゆめたね☆キッズレンジャー」という小学生を対象にした自然体験活動プログラムをおこなっています。
ーいろんな団体がプログラムを展開されているんですね!
井上:そうなんです。里山で季節の花や生き物の生菓子を手づくりして野点を楽しむ「はぐくみ」という団体の「森のコックさん」なども人気があるんですよ。
余談ですが、映画「となりのトトロ」の劇中で流れる「さんぽ」という歌のなかにある「坂道、トンネル、くさっぱら、一本橋に、でこぼこ砂利道~♪」という歌詞をご存知でしょうか。
子どもは、真っ平らに舗装された道路を歩いているだけでは、五感や運動能力、バランス感覚、自然に対する危機意識がなかなか育ちません。
この歌詞のように、自然のままの整備されていないでこぼこの道を歩いたりすることで育まれる能力や感性があります。ヒトという生き物として生きていくうえで大切な能力です。
そういう意味でも、子どもには少しでも多くの自然体験が必要だと考えます。
コロナ感染防止対策を徹底しながら自然体験を
ー新型コロナウィスルの流行による影響はありましたか?
井上:そうですね。去年の4月~6月には、ほとんどのプログラムが中止になりました。
屋外での活動がほとんどなのですが、暑いなかでマスクをしていると熱中症のリスクも高くなりますし、小さなテントにみんなで入ることもできないですしね。
去年の6月を過ぎた頃からは、「人数を減らす」「室内でのプログラムなら会場を広くする」「道具を共用しない」「消毒を徹底する」などの工夫をして、少しずつ開催する団体さんも出てきました。
現在は、感染状況によって中止したり延期にしたり、それぞれの団体がそのときの状況によって判断しています。
ただ、当法人が指定管理する夕日寺健民自然園などでも来園する方は増えています。みなさん、コロナ禍でストレスが溜まっているので、外で自然を感じながら思い切り遊びたいんですよね。
インストラクターさんのなかにも、「こういう時期だからこそやらねば」という方もいれば、慎重な方もいます。
事務局としても悩ましい状況が続いていますが、各団体が徹底した感染対策をおこないながらプログラムを実施できるように、全国の自然体験活動の組織から情報を集約し、感染対策のガイドラインをお届けしています。
自然と触れ合ってほしい!自然を「知る」より「感じて」みよう!
ー最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
井上:みなさんには、自然と触れ合ってほしい、身近にある自然に目を向けてほしいです。
自然がつくったものを、人間は何ひとつ作り出すことができません。葉っぱ1枚にしても、ぐるぐる弦が巻く螺旋にしても、自然界の造形は人智を越えた奇跡です。
そういった自然の美しさ、偉大さにもうちょっと感覚を向けてほしいと思います。
最近では「山は危ない」「熊が出る」「土は汚い」「水遊びをすると溺れる」といって、子どもを自然から遠ざけてしまう傾向があります。もちろん、実際に危険は確実に存在します。
ですが、自然災害も身近になってきている今、自然に対する感受性、アンテナのようなものを強める意味でも、自然との付き合い方を身をもって知る自然体験は必要です。
加速度的にバーチャルなものが増え、皆がそちらに目がいってしまいがちで、ますます人は自然と離れていっているという実感があります。
しかし、小さいころの原体験に自然があるのとないのとでは、大人になってからの価値観などがまったく違うものになってしまうと思うんです。
井上:環境汚染への警告を発した「沈黙の春」という本を執筆したアメリカの女性海洋学者、レイチェル・カーソンの話を少しさせていただきます。
彼女が晩年に書いたエッセイ本「センス・オブ・ワンダー」は、幼い甥っ子と海辺を散歩しているときの様子を綴ったものなのですが、この本には、私たちインストラクターにとって大事なことがたくさん書かれています。
一番のポイントは、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない、ということ。
虫の名前や鳥の名前を説明できることが、インストラクターにとって大事なことではないんです。
子どもたちと一緒に「きれいだね」「あれ、なんだろう?かわいいね」と共感すること、これが大事なんです。
子どもたちがなにかに興味を持ったとき、それに共感してくれる人がいるのといないのとでは、感性の育ち方がまったく違ってくるのだ、と彼女は繰り返し訴えています。
「センス・オブ・ワンダー」のなかに、「子どもには、私たちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などをいっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります」という一文があります。大好きな言葉です。
わたしたちはその大人のひとりとして、自然を共感できる存在でありたいと思っています。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:いしかわ自然学校