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英語の教員免許を持つカミナリの石田たくみ。学生時代のバスケットボールから「諦めない」ことを学ぶ

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茨城訛りの掛け合いが魅力の人気お笑いコンビ・カミナリ。お二人は高学歴芸人としてさまざまなテレビ番組にも出演しており、ツッコミ担当の石田たくみさんは、帝京大学教育学部教育学科を卒業し、英語の教員免許も取得。

中学・高校とバスケットボール部で活躍しつつ、部活を引退したあとは進学塾に通い勉強にも励んでいたという石田さんに、学生時代の勉強法や勉強のモチベーションを上げる方法、学習環境などについてお話を伺いました。

子ども時代は成績はほぼ真ん中で、運動が得意だった

カミナリの石田たくみさn

まずは幼少期の頃のお話から伺いたいのですが、どんな性格の子どもでしたか?

カミナリ・石田たくみ(以下、石田):人見知りしない子どもだったので、いろんな人と積極的に遊んだり話したりしていて、親の友達とか知り合いの大人に対しても、ガンガン話にいっていた感じでした。

こういう感じでいくと褒められるんだとか、評価してくれるんだみたいな感じに気付いていたので、積極的に絡みにいってましたね。

あと、運動が得意でした。小学3年生からバスケットボールをやっていたんですけど、サッカーとか野球とかもやっていました。

バスケ以外のボールを使うスポーツは少し手こずりましたけど、ボールを使わない、体を動かす系の反復横跳びや、20mシャトルランなどの切り替えが多い運動が特に得意でした。

結構体力を使うと思うんですけど、いつも最後の方まで残ってずっとやってましたね。みんなを待たせて見ていてもらうみたいな感じで(笑)。


―お母さまが学校の先生だったとのことですが、自宅でもしっかり勉強していたのでしょうか?塾へは通っていましたか?


石田:基本的に勉強はそこまで好きではなく、それよりも遊んだり、ゲームしたりすることが好きでした。学校の成績は、悪くはなかったんですけど、良くもなかったんですよ。本当にちょうど真ん中くらいな感じで。

小学校の頃の通信簿も、概ねよくできました系の評価だったんですけど、それもほぼ真ん中で、良くもなければ悪くもないみたいな感じでした。

親は「ちゃんと勉強してほしい」という思いがあったようで、親がつきっきりで教えたり、「進研ゼミ」をやったり、いろんな勉強をしていました。

塾は、小学生の時に「のびのび英会話教室」という英語塾に通ってました。塾長は野崎さんという方で、今だに覚えています。

本気で英語の勉強をするというよりは、英語と触れ合って遊ぶっていう感じでしたね。

小学生のときに英語塾に通っていて良かったなと思ったのは、中学1年生で初めて英語が必修科目になるじゃないですか。

その時に「もうこれ知ってるよ」という状態だったので、中学1年生の時だけ少し優越感に浸れました(笑)。

中学時代の部活で、「諦めない」ことを学んだ

中学時代はバスケットボールで全国大会へ行くほどバスケ漬けの日々を送っていた石田さんですが、部活を引退したあと急に学力が下がってしまったそうです。

その後、進学塾へ通い、5教科で(500満点中)420点になるくらいまで学力が回復したのだとか。

カミナリの石田たくみさn

―中学時代はバスケで全国大会へ行ってますよね。部活の練習は大変でしたか?

石田:そうですね。小学校の時のミニバスのチームのスタメンの5人が、みんな同じ中学校に進学したんです。

自分たちの代ではその5人がそのままスタメンになっていたので、チームワークは小学生の時からできていたんです。

もともとうちの中学はそこまで強いわけではなく、県大会へはいっていましたけど、よくてベスト8で、絶対ベスト4にはなれないくらいのチームだったんです。

自分たちの代になってからも、最初の県大会はベスト16か、ベスト8で終わったんですけど、夜練で高校や大学にいった先輩とか、いろんな人が参加してくれたんですよ。

1年間くらいずっと、その先輩たちと一緒に夜練を週1くらいでやっていて、そこから強くなり、気付いたら次の県大会で1位になりました。

すごくビックリしたんですけど、そこから急に調子がよくなって、総体でもう1度県大会で優勝して、関東大会でベスト4になって、全国大会の切符を手に入れることができました。


―すごいですね。勉強との両立は大変だったのでは?


石田:はっきり言ってバスケ漬けでしたけど、成績は悪くはなかったので「別にいいや」という感じでしたね。

あと、部活で成績を残していたので高校へは推薦で行けるんです。だからそこまで勉強はいいかなというか、頭が回らなかった感じでした。

ただ、成績は悪くないと思っていたんですけど、急に5教科で280点(500満点中)を取ってしまったときがあったんです。

その時から今の相方の(竹内)まなぶと一緒の中学だったんですけど、まなぶは400点以上取っていて。

今までは「スポーツできる人がかっこいい」という憧れがあったんですけど、引退してバスケをやらなくなり、勉強が中心になってからは、自分の中で「勉強できる人がかっこいい」という脳になって。

中学3年生の夏以降から本格的に勉強するようになり、まなぶが通っていた進学塾に一緒に通いはじめました

結局高校にはバスケ推薦で進学したんですけど、部活を引退したあとは普通に受験生としての生活がはじまったんですよね。


―中学時代はどこの塾に通っていたのでしょうか?


石田:茨城県水戸市にある、「典和(てんわ)進学ゼミナール 」という塾です。まなぶがどこからか「そこの塾がいいよ」という情報を聞いて、まなぶの友達含めて、みんなでそこの塾に通っていました。

正直理由としては、休日に水戸に遊びに行けるということもあったんですけど(笑)。

僕はノートに書いて覚えるタイプだったので、ひたすらノートに書いて覚えて、280点だったのが、最終的には5教科で420点になるまで伸びたんです。

だから結局、バスケ推薦で進学しなくても進学しようと思っていた高校に入れる学力、もっと言うと、その上の高校にいけるレベルにまで学力が伸びていました。

英語も国語も数学も全部、大問1はこういう問題、大問2はこういう問題ってもう決まってるんですよね。だからそれ以外の勉強はしなかったです。

はっきり言って受験に出る大問1、大問2の勉強さえ押さえておけば受験に対しての学力は上がると聞いていたので、そういう分析とかもやっていました。


―学生時代、苦手な科目はありましたか?

石田:どの教科もバランスよくできていましたね。ただ、英語の大問5が苦手だったり、数学の大問3が苦手だったり、国語だったら大問6が苦手とか、そういう感じで平均して1問ずつ苦手な箇所はありました。

僕がやってたのは、苦手な大問〇〇をできるようにするのではなく、できる大問△△のケアレスミスをしないように、そこを中心に勉強して、できる大問をとことんミスなくするという感じで勉強をしていました。

500点満点を目指していなかったし、各科目80点以上取ればいいなと思っていたので。

あとは、中学3年生の夏以降から勉強をはじめたので、塾の講師の先生が戦略的なことを教えてくれたり、まなぶが自分のやり方を教えてくれたりしたので、そういうところを参考に学んでいきました。

塾では、教育ではない勉強の仕方というか、「受験という壁をどう乗り越えるか」というところを中心に、戦略だったり攻略だったり、そういう頭の組み立て方を学びました。


―勉強をする上で、バスケをやっていたことが役立ったことはありますか?


石田:あります。「とりあえず諦めない」ということは、バスケから学びましたね。

あと、「一つのこと一生懸命やるかっこよさ」ということも学んだので、引退した時に勉強を頑張れたというところもあります。その気持ちを勉強に置き換えることができたので。

石田さんが学生時代を過ごした茨城県水戸市には、たくさんの塾・学習塾があります。

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学年や授業タイプ、受講科目などを絞って最適な塾を探すことができますので、下記のページをぜひチェックしてみてください!

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芸人になることを目標に、教員免許取得のために帝京大学へ

石田さんが帝京大学教育学部教育学科へ進学した理由は、「芸人を目指すための親との約束」だったそうです。その理由をお聞きしました。

カミナリの石田たくみさん

―帝京大学教育学科へ進学しようと決めた理由を教えていただけますか?

石田:もともとどこの大学へ行くかは決めていなかったのですが、教育学部教育学科、教員免許が取れる大学に行こうとは思っていました。というのも、それが親との約束だったんです。

高校生の時、昔からずっとお笑い芸人になりたかったということを親に打ち明けると、芸人は食えるかどうかもわからない仕事だから…と心配して。

「(大学を)卒業して、教員免許とか何か資格が取れたら自由なことをやっていい」という条件付きで、進学することが決まったんです。


―数ある資格のなかでも、なぜ「教員免許」だったのでしょうか?


石田母が学校の先生だったので、もし芸人として失敗したら「面白い学校の先生になればいいな」という考えがあったので、教員免許が取れる大学に行こうと決めました。

大学受験のときも、バスケを引退してから勉強すればいいかなと、中学時代と同じように勉強しようと思っていたんです。でも、やっぱりセンター試験はそう簡単にいかなかったですね(笑)。

だからそこからめっちゃくちゃ勉強して、センター試験で引っかかったのが帝京大学だったという感じです。

帝京大学の教育学科で僕が選んだコースでは、教員免許の資格がとれて卒業単位にも繋がるのが“英語”か“社会”だったので、その2つの中から選んで英語にしました。

ただ、卒業単位とは関係なく、資格だけ欲しい人が必要科目以外に授業をとると国語の教員免許とかも取ることはできました。

国語の先生になりたいと言っていた同じ教育学科の友達は、別で国語の先生の資格を取れる授業も受けていましたね。

モチベーションを上げるための勉強方法や環境づくり!

教員免許を取得している石田さんに、子どもに勉強を教えるときのポイントや、自身が学生時代に実際にやっていた勉強のモチベーションの上げ方や、やる気を出すための環境づくりなどのお話をお聞きしました。

カミナリの石田たくみさん

―少しプライベートのお話もお聞きしたいのですが、お子さまは現在塾や習い事に通っていますか?

石田:いま上の子が小学1年生の女の子で、下の子が3歳の男の子なんですけど、娘は英語の塾に通っています。

習い事はスイミングとチアダンスもやっていたんですけど、それはもうどっちも辞めてしまって、今は空手を習っていますね。

特に空手の話はしていなかったし、そういう映像を見せた覚えもないんですけど、「空手」という言葉を知っていて、急にやりたいと言い始めて。


―お子さまに勉強を教えるときに、石田さんのこれまでやってきた経験や勉強方法などが活きた部分はありますか?

石田:上の子が小学生になったので「1時間ここを勉強しましょう、ここを2時間勉強しましょう」という風に時間を設けて勉強しているんですけど、問題が10個あって、第3問目で悩んで止まるとするじゃないですか。

大抵の人って、そこでずっと時間を費やして、あっという間に1時間2時間経ってしまうと思うんです。

だから「分からない問題は置いて、すぐ次の問題に進みな」と言うようにしています。その方が10問中9問解いたことになるので。

5分~10分考えてわからなかったら、次にいこうという感じで、最終的に時間が余ったらそこに戻ればいいという、そういう「勉強のやり方」については教えていますね。


―子どもの頃からそういうやり方を身に着けておくといいですよね。石田さんは
勉強のモチベーションを上げるためにどんなことをしていましたか?

石田:僕の中では、自由帳やキャンパスノートが減っていくことが気持ちよかったんです。だからひたすら書いて埋めて、「ノートを一冊潰したぞ」ということも、1つのモチベーションにしていました。

一度、適当なことを10個書いてノートを埋めていたとき、まなぶに「手段と目的を履き違えるな」という名言をもらったんです(笑)。

「お前の目的は頭が良くなることでしょ?って。目的は目的として持っていて、手段を目的にするのはダメだからって言われました。

暗記カードも覚えることが目的なんですけど、意外と書いて満足してしまう人もいるんですよね。表に英単語を書いて、裏に日本語で和訳を書いて「全部書いたよ、フー」って満足しちゃう人。

そういうことに対してまなぶはずっと、「手段と目的履き違えるな」って言っていたんです。それは手段で、その上で目的を達成するものだからって。

あとは、よくチョコレートとか甘いものを食べていましたね。

でも途中からチョコレートとかだとダサいなと思ったので、ドラッグストアとかでブドウ糖を買って食べていました。ブドウ糖って真っ白な塊なので、なんかちょっとやる気スイッチっぽいなという(笑)。

チョコってゲームをやるときとかにも食べるので、ちょっと分けたかったんですよね。

そのほかだと、図書館とか外に出て勉強をすることもありました。今だにそうなんですけど、家でネタ作りとかできないですよ。

リモートの打ち合わせとかも、事務所に行ってやりたいタイプで。昔からそうだったので、中学生の時は朝早く水戸駅に行って県立図書館の学習スペースで勉強していました


―気持ちを切り替えるスイッチや、やる気を呼び起こす選択肢をたくさん持ってらっしゃいますね。

石田:あとは、寝間着のままでは勉強しないということも決めていました。

今だにそうなんですけど、パソコンで音楽を作ったり、動画を作ったするときも必ず着替えて帽子をかぶって、ホットコーヒー置いて、お香を炊いて…というおしゃれな感じにして、自分のやる気が出る環境をつくるようにしています。

だから中学生や高校生の時も、お風呂上りに家で夜勉強するときも、勉強できそうな服を着ていましたね。


―最後に、今勉強を頑張っている学生さんたちや、将来の目標や夢に向かって頑張っている人たちにメッセージをいただけますか?

石田:全部ゲームみたいな感覚になる瞬間が来ると思うんです。

最初は勉強嫌だなって思うんですけど、点数が上がったりとか、僕の場合だとノートを一冊書き潰したりとかして、そういうミッションクリアみたいな要素や、ゲームに近い感覚が訪れるタイミングが来ると思うんです。

そういう風にやり続けていると、意外と勉強も楽しくなっていくと思います。

あとは、全部を覚えようとするから、嫌になってしまうと思うんですけど、はっきり言って80点を目指せばいいと思います。80点を取れればいろんな学校に行けるので。

自分の合格ラインをしっかり見ることが大切だと思います。

あとは、諦めてはいけないけれど、スルーしていい部分もあるので、諦めることとスルーすることの違いがわかれば、だいぶ楽になるかなと思います。応援しています。



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石田 たくみ(いしだ たくみ)
お笑いコンビ「カミナリ」のツッコミ担当。1988年生まれ、茨城県出身。
2011年、幼馴染み同士の竹内まなぶとともにお笑いコンビ・カミナリを結成。
帝京大学文学部教育学科卒業。中学高校第一種教員免許(英語)の資格を持つ。
バスケットボールでは中学時に全国大会出場経験がある。
Twitter:@KaminariTAKUMI
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCO658id1YUn_VTmWSeH7V5A
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坂本 菜緒
この記事を執筆した執筆者
坂本 菜緒

Ameba塾探し 執筆者

ピアノ、体操、フィギュアスケートなどの習い事を掛け持ちしつつ、小学3年生から進学塾に通う。高校受験で山手学院高等学校に進学。その後、大学受験で東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻に入学。同校の大学院美術研究科を修了し、美術と工芸の専修免許状を所持。2012年から東京都公立小学校にて勤務。2018年5月に株式会社サイバーエージェントグループ会社である株式会社CyberOwlへ中途入社。2021年3月から「Ameba塾探し」にてエディターとして従事し、保護者の方やお子様にとって、目的にあった最適な習い事に出会える記事作りを目指しています。