時代の変化に応じて、新しい学部を設置したり、学部編成を見直したりする大学は少なくありません。大阪工業大学・芦高 恵美子副学長(工学部 生命工学科 教授)と東京個別指導学院の石川 満さん(コミュニケーションデザイン本部 教務・サービス開発部 進路指導・サービス開発課)に、理系人材が注目されている理由、文系・理系の選択に迷う高校生へのアドバイスや多様化する入試制度、キャリアビジョンまでお聞きしました。
※所属等は2024年6月17日時点の情報です。
理系学部が続々と新設。一方で「理系離れ」も
大阪の中心に位置する大阪工業大学・梅田キャンパス(ロボティクス&デザイン工学部)。2024年夏には新たにeスポーツ施設が誕生。
―今、日本では理系人材を増やそうと理系の学部づくりが加速していますね。その背景を教えてください。
芦高 恵美子さん(以下、芦高):社会的背景として、日本だけでなく世界的にデジタル人材とSDGsに対応するグリーン人材が圧倒的に不足している現状があります。特に近年はDX推進によってIT人材の需要が今まで以上に高まっています。
そこで理系人材を増やそうと、2022年に政府の「教育未来創造会議」で、理系を専攻する学生の割合を2032年ごろまでに5割程度まで引き上げることを目指すとしました。(※)
そのため、国が理系の学部づくりなどの新設を後押し。あらゆる大学で理系学部などが新設されています。
しかし、その後押しがあるからといって理系を目指す高校生が増えたかというとおそらく微増という印象です。
石川 満さん(以下、石川):そもそも私は文系と理系を分けて考えることに疑問を持っています。いわゆる文系・理系という区別は世界的にも時代的にもあまり妥当しない区別なのでは、と。
ただ現状としては、芦高先生のおっしゃる通り当塾においても理系を目指す高校生が増えたかというとほぼ横ばい。中学高校ぐらいからのいわゆる「理系離れ」については、時代背景もあり課題であるというのはその通りであると思います。
※文部科学大臣 末松信介 “教育未来創造会議「第一次提言」を受けたこれからの大学について (進学者のニーズや人材需要に対応するための学部再編と理系女子学生の活躍促進について)”.文部科学省. 令和4年5月24日
東京個別指導学院・関西個別指導学院の教室
―人材が必要とされている一方で、理系に進む高校生がなかなか増えない理由をどのように考えていますか?
石川:日本では高校1年生の終わりから2年生にかけて、文系か理系か選択を迫られます。おそらくほとんどの高校生の選択の決め手は「数学が得意かどうか」。「数学ができないから…」というネガティブな理由で、文系に進むお子さまが少なくない印象です。大学の入試科目として数学を選択するかどうかが文理選択の判断基準となってしまっているのが、「理系離れ」を作る大きな理由のひとつになっているかと思います。
文系を選択したお子さまは数学の勉強から離脱することになるのですが、情報科学・データサイエンス・テクノロジーが社会を引っ張っていく時代に、数学から離れていくことがそのお子さまにとってよいことなのでしょうか。文系の学部に入学しても、社会に出ても現実的にはデータを扱うなど数学的能力は必ず必要になってきます。
―文系を選択しても理系を横断的に学ぶことが大切な時代になっているんですね。
石川:その一方で、理系にも文系の力は必要だと私は考えます。世の中が理系志向になっていて、データドリブンになればなるほど、実は意味理解=文系の力も大事になっていくというパラドックスがあるんです。
たとえば話題となっている生成AIのChatGPT。ChatGPTから適切な答えを引き出すためには、適切な問いを立てなければなりませんが、その適切な問いを立てる能力は、文系か理系かで言えば文系ですよね。データや事象の意味を理解しながら、課題を発見し、それを言語化できる力が必要になってきます。つまり、文系にも理系の力、数学力が必要ですし、理系にも文系の力、リテラシーが必要であるという話になるということです。
進路の選択は「興味・関心」を軸に
東京個別指導学院・関西個別指導学院の授業ブース、自習ブース。勉強に集中できるようパーテーションの高さにもこだわった設計
―現状は大学進学を前に高校生は文系・理系で決めなければなりません。どのような基準で選んだらよいでしょうか。
芦高:自分の「興味・関心」を軸にぜひ選んでほしいです。私自身はずっと理系でしたが、好きなことを軸に選択した結果でした。小学生のころから図鑑を読んだりするのが大好きで、『科学』という子ども向け科学雑誌についてくる付録の顕微鏡を使って、植物などを観察しているような子どもだったんです。
石川:塾としても勉強の得意不得意ではなく、まずはお子さまにどんなことに興味があるかを聞いたうえで、こういう学科があるけれどどうですか?と、進路先をおすすめさせていただくことも。塾は勉強を教えるだけでなく、そのお子さまの興味とか関心をなるべく引き出してあげる、そしてお子さまが本当に希望する進路へ進めるようサポートをすることも重要だと思っています。
芦高:そのように「興味・関心」を突き詰めたくて大学に入学してくる学生たちは、積極的に活動してどんなに大変なことも乗り越えられるという印象です。理系の大学は実験や作業が多く、答えが一つでない課題にも取り組みますので、試行錯誤が必要で苦労することもあるのですがそれでもみんな頑張っています。
ただ、理系に進学したいけれど数学がそれほど得意でない、そんな高校生もいると思います。今は様々な入試制度が取り入れられているので、ぜひ調べて活用してみてください。
―大阪工業大学でも入試改革が進められていますね。
芦高:ひとつは、得意科目の配点が大きくなる高得点重視型の入試です。私の学科(工学部・生命工学科)の学生の例を紹介すると、高校で理科が苦手だったそうで、得意教科を活かせる一般入試前期B日程で合格。そして入学後に大学の授業で苦手科目がこんなに面白いことだったのか、と感じたそうです。
また、情報科学部データサイエンス学科では2021年度開設時の入試から文理型の入試を導入。文系理系問わず多くの受験生が利用しています。2025年度入試ではデータサイエンス学科に加え、工学部・生命工学科でも文理型入試を導入します。
このように、今は理系教科が得意でなくても、大学で理系分野を学びたいという高校生向けに門戸を広げています。大学では専門のことや自分の興味分野を伸ばすことで授業には対応できますので。
専門性をもつことで将来の選択肢は広がる
2023年7月にリニューアルした大阪工業大学・大宮キャンパスの図書館
―大阪工業大学では時代に沿った専門分野の人材育成に力を入れていますね。
芦高:理工系総合大学として、専門的な知識や技術と実践的応用力を身につけ、未来を築くことができる専門人材を育てることに力を入れています。社会の要請に応えるためにも新たな学科やコースも設けています。
最近の動向を少し紹介しますと、知的財産を専門とした日本で唯一の学部、知的財産学部では「コンテンツビジネスコース」を2024年4月に開設しました。著作権法を学び、著作物から生じる収入や広告収入といったエンタメ業界のビジネスの仕組みも学ぶことができます。ChatGPTなどの生成AIが発達してきた今、注目されている分野ですよね。
さらに2025年4月には情報科学部に実世界情報学科を開設予定(※)。ドローンや自動運転システムなどの最先端の情報技術を用いて現実世界とサイバー世界のAI処理を融合させ、SDGs、予測不能の災害といった実世界の課題を具体的に解決できる専門人材を育成することを目的としています。最先端のドローン技術を体験できる屋内実証実験施設「DXフィールド」も設置します。
そして、高度化・複雑化する医療において、工学と医療の両方の知識・スキルを兼ね備えた高い専門性を持つ人材を輩出すべく、2025年4月、工学部生命工学科に「臨床工学技士養成コース」(※)を設置予定。このコースでは、臨床工学技士国家試験への合格に向けたさまざまなサポート体制を整えています。
※仮称・2025年4月開設予定・設置届出中
大阪工業大学ものづくりセンター
―また、実就職率98.1%と大阪工業大は就職率も高いですが、学生が4年後に大きく飛躍できる理由はなんでしょう?
芦高:実就職率ランキング(大学通信調べ)では、全国第3位。関西の私立大学では14年連続トップで、有名企業400社への実就職率は第5位となっています。
学生が社会で活躍できている理由は、専門的能力を身につけるための勉強だけでなく、それを実践する場を積極的に設けることで、卒業後に社会でどのように貢献していきたいか具体的なイメージが掴みやすくなっていることもあるでしょう。
たとえば本学には、課題解決型の実践的な授業、学部・学科を超えた課外活動プログラムが多く、海外の提携大学の学生と混成チームを組むことも。また、企業や地域が抱える課題を解決するプログラムにも多くの学生が積極的に参加しています。
―ちなみに特定の専門分野を身につけると就職の選択肢が狭まるのでは、と考える高校生も少なからずいるかと思います。
芦高:私は理系出身の学生の選択肢は専門性を学ぶことによって狭まるというよりは、むしろ選択肢は広がるのではないかと思っています。
たとえば化粧品会社に就職した場合、専門知識や技術を活かして化粧品開発に就くこともできれば、その品質や安全性を担保する品質管理職、製造職や技術営業職に就くことも可能に。専門性はあらゆる場所で形を変えて活かすことができます。
石川:専門職を目指すと潰しが利かないのでは、という懸念は保護者の方もお持ちになることがあるようです。でも私は自分の好きなことをとことん突き詰めてほしいと思います。なぜならそれが許される時代だから。何かの分野のスペシャリストになることを怖がらないでほしいんです。
芦高先生も「痛みを分子から探る」という、専門性が高く言うなれば大変狭い領域を深く探求されたスペシャリストですよね。それにプラスして現在は大学の副学長として大学のマネージメントもおこなっていらっしゃるわけです。先生のようにひとつのことに集中する経験が生きることはあっても、それが邪魔になることは決してないと思います。芦高先生のように、スペシャリティがあったうえでジェネラルスキルが身につくという順序が理想ですよね。
興味のある分野を軸に大学で学びを広げる
大阪工業大学・副学長の芦高恵美子教授の研究室
―最後に高校生へメッセージをお願いします。
芦高:大学では興味のある分野を軸に、広い視野で学びを広げることができますので、今から自分の興味のあることを見出してほしいです。自分が何に興味があり、何を学びたいのかを大切にしてください。得意な科目や目指す職業が具体的でなくても、まずは「こんなふうになれればいいな」というイメージだけでもいいですよ。
石川:芦高先生のおっしゃる通りです。それでも文系・理系の選択で困っている生徒さんには「今のその選択は仮だよ」とお伝えしたいです。文系・理系の選択は大学入るために決めているもので、それで君の将来が決まるものじゃないよと。だから、将来やりたいことが見つかった時のためにも、理系に行っても文章の読み書きを続け、文系に行っても数IIまではしっかり学び続けてください。
芦高:石川先生の「今の選択は“仮”」と言う言葉にとても納得しました。本学としても、文系科目を利用できる入試や総合型選抜などさまざまな入試制度を通して、皆さんの進路を後押ししていくことができたらと思っています。
大学では自分の好きな分野に関しては“絶対に譲れない”ぐらいの情熱をもっている人がすごく伸びますし、社会に出ても活躍できる時代です。繰り返しになりますが、進路に悩んでいる皆さんは、まずは自分の好きなことや興味があることに向き合ってみてくださいね。そうすれば進むべき道が自然と見えてくるのではないでしょうか。
取材協力:東京個別指導学院・関西指導個別学院/大阪工業大学(大阪工業大学入試情報はコチラから)