うつ病や統合失調症などの精神疾患は、子どものころに受けた“いじめ・虐待”の経験が原因で発病する人がとても多いといいます。
また精神障害者の雇用の受け入れが難しいと感じている会社もあり、障害を持つ方の就職には未だ課題があります。
そこで今回は、精神障害者の雇用支援を幅広くおこなう「かながわ精神障害者就労支援事業所の会」理事・事務局長の吉野 敏博さんにお話を伺いました。
精神疾患が身近な病気であること、さまざまな影響を受けやすい時期を過ごす子どもたちに伝えたい想いを、ぜひご一読ください。
「働きたい」の実現のために!精神障害者雇用の普及と就労支援
ー本日はよろしくお願いします。はじめに、「かながわ精神障害者就労支援事業所の会」の活動概要を教えてください。
吉野 敏博さん(以下、吉野):「かながわ精神障害者就労支援事業所の会」は、神奈川県内の精神障害者を雇用されている企業、障害者の雇用をお考えの企業を対象に、研修や相談、支援をおこなっています。
また、働く意欲のある精神障害者を対象に、就労継続支援B型“ホープ大和”、就労準備訓練トライ!の運営もしています。
当団体はもともと、昭和63年に神奈川県の精神障害者を企業で雇用しながら、働く環境のなかで育てることを目的とした職親会として発足しました。
その後、平成14年に神奈川県精神障害者就労支援事業所の会と名称を変更し、平成20年にNPO法人の認証許可を得て、「NPO法人 かながわ精神障害者就労支援事業所の会」として活動を開始し、現在に至っています。
近年、職親会は減ってきているのが現状で、日本で職親会として残っているのは福島県と神奈川県と兵庫県だと聞いています。
当団体は企業のなかで精神障害者の方が働いて育っていくことを目的としているため、NPOの会員が企業で成り立っていることが特色です。
ほかの社会福祉法人の場合、家族や当事者が集まって活動しているところが多いのですが、当団体は一般企業が会員となって障害のある方の就職を応援しているんですよ。
就労支援としては、先ほどお伝えした、就労準備訓練「トライ」(公共職業訓練)、就労継続支援事業B型「ホープ大和」、神奈川県と共催で障害のある方の障害者雇用を進めるセミナーを企業向けにおこなっています。
ほかにも、障害者雇用やメンタルヘルスのご相談が企業からあるので、個別対応にも応じています。
学校でのいじめが影響…教育活動を通じて伝えたい想い
ー精神障害の種類や特性にはどういったものがあるのでしょうか?
吉野:精神障害は目に見えない内面的な疾患なので、説明するのは難しく、私たち支援者のなかでも正しく理解している方はとても少ないです。
企業の方たちから、夜眠れなかったり緊張したりする病気なのかとよく質問があるのですが、実際そういった症状は精神科で処方された薬を服用し、改善している傾向にあるケースがほとんどだと思います。
しかし、薬では治らない障害の部分、例として被害的に物事を捉えてしまうといった傾向があります。
たとえば誰かが話していると自分の噂話をされていると思い込んでしまったり、評価されないことで自分はここにいてはいけないのではないかと考えてしまったりするんですね。
そうすると、いくら服薬しても、寝る前に考え込んでしまい、症状は改善しないんです。
なお、当団体で支援の対象としているのは、障害者手帳を持っている方。いわゆるうつ病や統合失調症などで、手帳を持っている方を雇用すると障害者雇用になります。
ー精神障害の原因や今後の課題をお聞かせください。
吉野:こうした障害は、急に症状が出るわけではありません。
精神障害の方に昔の話を聞くと、学校でいじめを受けるなど、つらい思いをしながら過ごしてきた方が多いです。
さらに周囲の助けがあったと聞くこともあまりなくて、つらい経験をしたまま大人になり、会社という組織のなかに入ってもみんなの前で怒られ、過去のことを思い出してまた体調が悪くなる。
社会生活のなかで必要なコミュニケーション力に着目して話を聞いていくと、やはり過去に何回も仕事の場面や対人関係で失敗し、回復していないんです。
だからこそ、人とのやり取りに重点を置き、人のなかで傷ついたことは、人のなかで回復していくということを私たちは伝えていきたいと考えています。
私たちがおこなっている就労支援は、単純に作業をやって資格を取って、目の前の起きていることだけを解決する…ということではないんですよ。
実はこういった精神障害と社会問題のつながりもあって、2022年の4月に高等学校で精神疾患教育が保健体育の授業に盛り込まれました。
今年の教科書を拝見しましたが、うつ病や統合失調症、ほかにも薬物やアルコールなどといったさまざまな精神疾患のこと、精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムについてもが載っていました。
しかし、病名を知るのは確かに大事ですが、風邪と同じで風邪の症状を知るだけでなく、なぜ風邪をひくのかを知って予防につなげていくことが重要だと思っています。
そのため病名だけでなく、周りから受ける対応や体験によって傷つくことや、嬉しい、楽しいと感じることで回復するということを子どもたちに理解してもらいたいです。
学校の先生たちは忙しいので、今後は私たちが出向いて、専門的なことを伝える手助けをしていけたらいいなと思っています。
“ともに悩んで学ぶ” 自分事として考えた先にあるサポートを
ーイベントや支援の呼びかけがあれば教えてください。
吉野:毎年おこなっている企業向けのセミナーは、来年度の企画をこれから始めるところです。障害者雇用の普及や雇用に悩んでいる方に向けての内容になっています。
当団体は、障害者雇用をする企業を対象にしている側面もあれば、一方で障害を持っているけれど働く訓練を受けたいという当事者の方も対象にしていて、神奈川県大和市で幅広く活動しています。
大和市近隣の各地域で支援者向けのセミナーなども開催しているんですよ。
そのため、働く当事者と働く場所である企業、そして支援者の三者をサポートしようと動いていますので、三者協力し合って一緒に何かやっていきたいですね。
現在、働ける企業が少ない状況なので、障害のある方を雇用したい、引き受けてもいい、とお考えの企業をもっと集めたいと思っています。
たとえば、どのような障害の方がいてどのような方たちが働けるのかを見たい企業の方もいるので、そういった場合は訓練している様子を見ていただくこともあります。
雇用できなくても、働くための実習の場の提供だけでも嬉しいですね。お互いが連携していけるような関係性を望んでいます。
ー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
吉野:精神障害は、“身体・知的・精神”と3つの障害のなかで、意外と身近な存在だと思っています。
みなさん集団で生きてきたなかで、思い返せば、同級生は多様な人々がいたはず。みんなそれぞれの道を歩んでいくことを考えれば、こういった障害を抱えてしまう可能性は珍しくないんです。
精神障害だけでなくても、集団のなかで傷つき、いろいろな形で人生うまくいく人もいればうまくいかない人もいる。障害に発展する出来事が集団のなかで起きているとすると、やはり集団のなかで回復していくのだと思っています。
彼らは支援者の力だけでは回復が難しいですが、友人と久しぶりに会ってやり取りがあるだけで心が救われることもあるのです。
働く環境や語り合う仲間がいないと人生楽しくないので、みなさん自分事として考えて、ぜひ力を貸して欲しいなと思っています。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:かながわ精神障害者就労支援事業所の会