貧困、紛争、感染症のまん延、災害……世界には、過酷な状況におかれている人々がたくさんいます。
しかし近年の国際紛争におけるニュースも、どこか他人事、遠い国のお話として聞き流してしまっている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、世界約70の国と地域で活動する、民間で非営利の医療・人道援助団体「国境なき医師団」を取材。
日本の子どもたちに、世界で起きている人道危機を知ってほしいと開発した “世界といのちの教室 学校授業用デジタル教材”について、広報部「世界といのちの教室」担当の都築 彩さんにお話を伺いました。
今もなお、過酷な環境下で生きる人がいます。これをきっかけに、世界が抱えている人道危機に目を向けてみてください。
世界中で命を守る「国境なき医師団」とは
ー本日はよろしくお願いします。はじめに、「国境なき医師団」の活動や概要について教えてください。
都築 彩さん(以下、都築):「国境なき医師団」は、民間で非営利の医療・人道援助団体として、1971年にフランスで医師とジャーナリストが設立しました。
主な活動は、緊急医療援助活動と、活動地で目にした人権侵害や暴力などといった問題を社会に向けて伝える証言活動のふたつで、さまざまな理由で命の危機に瀕する人々に、無償で医療・人道援助をおこなっています。
また、私たちは「独立・中立・公平」を活動原則とし、政府や特定の団体など、いかなる権力からの影響も受けず、自らの決定で必要な場所へ援助を届けることを実現しています。
当団体の活動資金の97%が個人をはじめとする民間からの寄付であり、それにより活動の独立性を保つことができているのが当団体の一番の特徴ではないでしょうか。
だからこそ、ほかの団体が行けない紛争の激しい地域などで活動できているのです。
活動場所は、難民キャンプや紛争地、栄養失調児の多い地域、感染症がまん延している地域、医療にアクセスができない地域などで、世界中で活動しています。
海外だけでなく、日本でも自然災害が発生した際などに援助活動をおこなうことがあるんですよ。
現在、72の国と地域で活動(昨年2021年実績)していて、外科治療や母子保健、栄養失調や感染症の治療、過酷な状況にある人々の心理ケアなど、幅広い医療活動をおこなっています。
世界各地の活動地では、4万人以上のスタッフが活動していますが、医師や看護師といった医療従事者のみでなく、非医療スタッフも多く活動しています。
たとえば、清潔な水の確保・提供をしたり、大きなテントで医療をおこなう病院をつくったり、車のメンテナンスをしたり、そのほか人事や財務のスタッフもいて、そういった非医療スタッフと医療スタッフが大体半分ずつくらいいるんです。
日本からもたくさんのスタッフが活動に参加していて、昨年の派遣先としてもっとも多かったのがアフリカの南スーダンや中東のイエメンです。全体では31の国と地域に90名の派遣が決定しました。
このように日本人も世界各地の医療援助活動にどんどん参加しています。
子どもが教材を通じて考える“国境を越える人道援助の意義”
ー国境なき医師団が提供する、小学5、6年生向けの学習教材「世界といのちの教室 学校授業用デジタル教材」についてお聞かせください。
都築:「世界といのちの教室 学校授業用デジタル教材」は、道徳科や社会科、総合的な学習の時間などで教員に活用いただける学習教材です。
国際的な人道援助への関わりが活発な欧米諸国に比べて、日本では、人道援助への参加や、理解・支持を広げる余地がまだまだあると感じています。
そこで若い世代にもっと関心を持ってもらおうと、このプログラムを開発しました。
教育プログラムの目的は、まず世界中で起きている人道危機を子どもたちに知ってもらい自分事としてとらえてもらうこと、そして国境を越えて人道援助をする意義を理解してもらうことです。
さらに将来自分に何ができるかを考えるきっかけにしてもらいたいなと思っていますね。
当団体の取り組みとしては、世界中で援助活動をしてきた海外派遣スタッフが年間70回以上学校で講演会を実施しています。
そのほか、海外派遣スタッフが講師を務める教育プログラムとして「世界といのちの教室 オンライン教室」を小学5、6年生向けに実施しています。
このオンライン教室には、家庭向けと学校向けの2パターンがあり、家庭向けの教室は2022年6月までで16回開催し、計400名が参加。2021年3月に開始した学校向けの教室は12校で開催し、1192名が参加しています。
プログラムでは、さまざまな職種の海外派遣スタッフが世界で起きている人道危機の現状を伝え、自身の体験談や人道援助を仕事にしている想いについて話します。
その後はワークショップをおこない、ふたりの患者さんに対して薬がひとり分しかない状況をディスカッションするなど、救う命に優先順位をつけなければならないジレンマについて自ら考え、議論するのです。
参加した子どもたちからは、世界で起きている実情への驚きや、他人事ではないと感じたという声もあり、人道援助に触れるきっかけになっていると感じています。
そんななか、国境なき医師団のプログラムをもっと拡大し、学校現場で広く活用していただく必要性を感じ始めていました。
そこで近年のGIGAスクール構想に連動し、クラウド型(Googleスライド)での提供、さらに学校の先生に授業を実施していただく“デジタル教材”の提供を開始しました。
これにより全国でより多くの小学校にプログラムをお届けすることができるようになり、学校カリキュラムに取り上げやすくなったと思います。
このデジタル教材は、オンライン教室と同様に小学5、6年生を対象にしていますが、先生方の判断でほかの学年や中学校で活用することもでき、利用する際の科目もお任せしています。
授業ではデジタル教材を児童に配布し、各自の端末で操作・編集して進めるのですが、学校によってはネットワークの問題で先生が投影してクラスのみんなで観ながらおこなうことも可能です。
内容は実話をもとに4つの構成になっていて、まずは紛争地の患者さんのストーリー、それから元難民の国境なき医師団の医師のストーリー、3つめと4つめはシリアや国境なき医師団について調べる発展課題で、宿題や事前学習としても活用できます。
患者さんのストーリーでは、シリア内戦の爆撃により家族を失い、自らも両脚を失った14歳のルカヤさんの話からスタートし、心が沈んでしまったルカヤさんが、治療によって歩けるようになり、生きる希望を見出すまでの心情の変化を、児童に想像してもらいます。
次の医師のストーリーは、ルカヤさんを治療した国境なき医師団のハイダル医師。ハイダル医師も、湾岸戦争によって母国イラクを追われた難民でした。なぜ人を救うのか、ハイダル医師の想いを言葉から読み取ります。
ハイダル医師の治療によって歩けるようになったルカヤさんの嬉しそうな顔を見て、医療援助活動がルカヤさんの人生に希望をもたらしたことに気付いてもらい、誰かのために行動する意義を自分のなかに落とし込んで感じてほしいと思っています。
この教材では、世界の人々の状況と国境を越える人道援助の意義を伝えることはもちろん、画像を画面上で動かしたり動画を再生したり、テクニカルな部分も学べるように工夫しました。
教材を通じて、少しでも私たちの活動に興味を持ち、命の危機に瀕する人々のために行動を起こしてくれるきっかけになればと願っています。
世界の現状をひとりでも多くの子どもたちに…
ー今後の展開やイベントの告知、寄付の呼びかけがあれば教えてください。
都築:大阪市北区で10月6日(木)から10月10日(月・祝)の期間『エンドレスジャーニー展 ~終わらせたい、強いられた旅路~』を開催します。
このイベントは、世界の難民や移民がおかれた現状などを伝える体験・思考型の企画展で、入場無料です。
たとえば会場では、リビアで移民が押し込められている収容施設を再現していたり、病院がない紛争地に建てるテント型の手術室の実物のなかを見学できたり、さまざまな環境を体験できる展示になっています。
コロナの感染対策には気を付けて開催をするので、ぜひ保護者の方はお子さんと一緒にお越しいただきたいですね。
そのほかのイベントについては、公式ホームページに今後のイベント情報が載っているのでご覧ください。
国境なき医師団への参加は、必ずしも寄付だけではありません。寄付以外にも、自分のスキルを活かして海外派遣スタッフとして働くこと、また世界各地で起きていることや人道援助活動をおこなう団体がいると知ることも大事なことです。
さまざまな参加方法があることを知ってもらいたいです。
また今回ご紹介した教材は、現時点では学校のみの提供となっており、これから全国の小学校に展開していこうと思っています。
教材のご提供は無料なので、授業での活用をご検討中の学校関係者のみなさんは、ぜひお申込みください。
ー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
都築:世界で起きる人道危機を知り、関心を持ってもらうだけでも人道援助に参加していることになります。
だから子どもたちには、日々のニュースや、国境なき医師団が発信している情報にアンテナを張ってもらい、今なお過酷な状況に生きる人がいることを忘れずにいてほしい。
自分に何ができるか、今すぐでなくても長期的に考えて行動を起こしてくれる私たちの仲間が増えるといいなと思っています。
国境なき医師団では、オンラインを含め、参加無料のイベントなどを開催しています。
世界に目を向けるときのひとつの手段、人道援助を知る第一歩としてご参加いただけたら嬉しいです。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:国境なき医師団