重い障がいがある“重症心身障がい児”は、24時間医療的ケアを必要とするケースも多く、看護師がいないと、普通の幼稚園や学校へ通うこともできません。
以前は、重症心身障がい児が入所できる施設がほとんどなく、家族が24時間サポートすることが当たり前でした。
今回は、鹿児島県で重症心身障がい児向けの施設を運営するNPO法人「障害児フォーラムかごしま」の和田朋子さんにお話を伺いました。
児童福祉のことを知りたいという方は、ぜひご一読ください。
重症心身障がい児をもつ母親によって設立
―本日はよろしくお願いいたします。まず、NPO法人「障害児フォーラムかごしま」の活動内容をお聞かせください。
和田:私たちがおこなっているのは、重症心身障がい児を対象とした児童発達支援事業と放課後等デイサービス事業です。
座位が取れずに寝たきりで、医療的ケアが必要な子どものみが通う事業所になります。
私の娘が「非ケトーシス型高グリシン血症」という、70万人から100万人に1人といわれる難病で、入院中に同じ境遇の保護者たちと話をする機会があったんです。
当時は重症心身障がい児向けの施設はなかったので、退院後に、家族で外食に行くことも、兄弟の運動会やPTAへも行ったこともないという方ばかりでした。
とても普通の生活を送れるという感じではなかったんですね。
なぜ施設がないのか気になって調べたところ、国の制度では、そもそもそういった施設を運営することができないことがわかりました。
それが、平成24年度の児童福祉法に基づく法改正で可能になったんです。そこで、私たち重症心身障がい児をもつ母親たちで
団体を立ち上げました。
娘は生まれて4ヶ月くらいで亡くなるだろうと言われましたが、13歳まで生きてくれたんです。
今はもう亡くなってしまいましたが、もし海外ででも何かしら命が助かる方法があれば、治療を受けさせたいと、生まれたときから、ずっとお金を貯めていました。
しかし、治療方法がないことは私も理解しましたし、母親たちが重症心身障がい児を抱えて、働くことができないこともわかっていましたから、貯めていたお金を人のために使おうと、保護者からは1円も集めることなく施設を始めました。
一般的な放課後等デイサービスでは、子どもの受け入れは午後からですが、私たちは朝からおこなっています。
重症心身障がい児は「訪問教育」といって、学校の先生が自宅へ来てくれて教育を受けているケースが多いんですね。
その訪問教育は週に1~3日しかありませんので、生活のリズムを整えるためにも、毎日朝から通える場所があったほうがいいと思ったんです。
子どもたちは寝たきりで体力もありませんから、午前中にみんなで歌を歌ったり、本を読んでもらったり、一緒に活動できる遊びをおこなっています。
子どもの命を預かるスタッフたち
―非常に責任のある仕事だと思いますが、スタッフはどのような方が多いのでしょうか?
和田:現在、ふたつの事業所「えがお」「えがお2」には、医師・看護師・理学療法士・保育士・児童発達管理責任者・相談支援専門員など、22名のスタッフがいます。
重症心身障がい児を見るというのは、子どもの命が関わってくるので、スタッフにとっても非常に責任が重大です。
たとえば、看護師なら誰でもいいというわけではありません。
そもそも、小児を専門で診てきた方を見つけることが難しいのに、さらに重症心身障がい児の対応ができる方となると、本当に限られてしまうんです。
そうであるにも関わらず、本当に重症心身障がい児の子どもをケアしたいというスタッフが集まってくれました。
看護師は、地元の市立病院や大学病院で、小児の経験を積まれた方を中心に常駐しています。
理学療法士や保育士は、もともと重症児を担当したことがありませんでしたが、入ってから一生懸命勉強してくれました。
それから、私たちは“口腔ケア”にすごく力を入れています。
というのも、子どもたちは食べていなくても、歯石はつきますし、虫歯にはなるんですね。
口や歯の歪み、歯の生え方も普通ではない状態であることが多く、口腔ケアは非常に重要になります。
子どもたちにとっては、誤嚥しないように、口の使い方を学ぶことも大切。
子どもが自分でできるように、同じことを繰り返し、覚えてもらう必要性もあって、歯科衛生士の先生にも支援に入っていただいています。
どのスタッフも、私たちの施設には必要不可欠な方ばかりです。
子どもだけではなく保護者の支援も大切
―施設内で、おこなっているイベントなどがあれば教えてください。
和田:以前は、保護者が直接会って話すことが簡単にできましたが、コロナの影響で、今は保護者も施設内出入り禁止になっているんです。
集まることができず、保護者同士で話ができないと、皆さんストレスも溜まってくるんですね。
そこで、毎月何かしらZoomを使って、保護者同士が話せる場を設けるようにしています。
先日は、理学療法士による負担の少ない移動・だっこの仕方などの講座をおこないました。
そういったイベントの後、保護者同士Zoom上で会話をしてもらうんです。
保護者からは、「すごく不安だったけれど、話せてよかった」という声をいただくことが多いです。
同じ思いをしている保護者同士が話をすることは、お互いに伝わることが多くていいのかなと思いますね。
12月は、子どもたちとクリスマス会をおこないます。当日参加できない子どもや、保護者にはオンラインで参加していただく予定です。
願いはすべて家族が幸せに暮らせること
―最後に読者へ向けてのメッセージをお願いいたします。
和田:私の娘は、障がいの度合いが高く、ずっと呼吸器をつけていましたし、ご飯も口からは食べられなくて胃ろうでした。
13歳になったときも、身長は100センチしかなかったんです。だから、下の娘が、姉の成長をどんどん追い越していって。娘は姉のことをずっと、赤ちゃんだと思ってすごく可愛がってくれていましたね。
6歳くらいまでは、ほとんど入院生活で、1番長いときは1年半、病院から出られないこともありました。
私も付き添いで病院にいましたが、夜中も1時間ごとに起きては娘の背中をさすったり、吸引したり、呼吸器の様子を見たり。そういったことを亡くなる直前までやっていたんです。
だからこそ、入院中にいろいろな方と知り合えて、退院後の保護者から情報をいただくこともできました。
そのおかげで、施設を立ち上げることが可能になったんです。
だからこそ、娘が私を立ち上がらせたのではないかと思っています。
なかには、子どもを人に任せるなんて親として失格だという人もいるかもしれません。
しかし、子どもも子どもの世界がありますし、24時間お世話をする母親にも自分の時間が必要です。
私たちのような施設を頼っていただくなど、利用できるサービスは、利用してください。
私たちは小さな事業所ですが、これからも手厚く、温かく、心を込めて子どもたちの支援をおこなっていきます。
障がいがどんなに重くても、その子を取り巻くすべての家族が幸せに暮らしていけることを願っております。
ーこの度は大変貴重なお話をありがとうございました。
取材協力:障害児フォーラムかごしま