文部科学省の資料「高等学校通信教育の現状について」によると、近年、全国の全日制・定時制高校に通う生徒の数は減少の傾向にあり、通信制高校の生徒数は増えています。
併せて、通信制高校の数もここ10年で1.2倍になっていることをご存じでしょうか。熊本県にある「未来高校熊本学習センター事務所」も、通信制高校のひとつです。
ひとくちに通信制といっても、カリキュラムや強み、通っている生徒の特徴は高校によってさまざまです。
今回は、通信制高校普通科「未来高校熊本学習センター事務所」のセンター長・中山 聖也(なかやま せいや)さんに、学校の特徴や支援などについて詳しくお話を伺いました。
業務提携を結ぶことで高校を出席扱いに
ー本日はよろしくお願いします。まずは「未来高校熊本学習センター事務所」の概要について教えてください。
中山 聖也さん(以下、中山):「未来高校熊本学習センター事務所」は普通科の通信制高校です。
3年間通って高校卒業の資格を得るための一般的な事業と、生徒たちへのさまざまな支援をおこなっています。
今から約20年前、熊本県内には10教室ほどフリースクールがあり、各教室で不登校の子どもたちを支援していました。ただ、そのころはフリースクールに通っていても“学校を出席扱い”にはならない時代だったんです。
そこで、県や市から委託業務として教育を請け負うことで“出席扱い”にできるよう、10のフリースクールを統括するNPO法人「くまもと学習支援ネットワーク」を当時設立しました。県の教育委員会の協力もあり、小学校と中学校の出席問題はクリアできたのですが、高校の出席問題がどうしても進みませんでした。
どうにか私たちのフリースクールに通う子どもたちが、高校卒業の単位を取れるようにならないかと、いくつかの学校法人に掛け合い最終的に、通信制高校の「未来高等学校」を運営していた河原学園と業務提携を結ぶことになり、2011年に「未来高校熊本学習センター事務所」がスタートしました。
無理なく卒業するために生徒を支える3つの特長
ー「未来高校熊本学習センター事務所」が掲げている3つの特長について教えてください。
中山:まず1つめの特長は「無理なく、確実に卒業できる学校」です。
「未来高校熊本学習センター事務所」は、全国の通信制高校のなかでも、卒業条件がとても簡単な高校です。
通常は、卒業・進級のために、宿泊の授業(スクーリング)をおこなう高校が多いのですが、当校では宿泊がありません。12日間だけ授業に出席すればよく、それ以外は家や教室で自由に過ごすことができます。
そのため、発達障害や軽度の知的障害、不安症をかかえた子どもでも、無理なく卒業することが可能です。
また、通信制高校には必ず宿題(レポート)がありますが、当校は宿題が少ないです。宿題はすべてプリントで、教科書を見ながら解答欄に書き込んでいけるようになっています。
最近は、パソコンやタブレットを使う学校も増えていますが、学習障害やADHD(注意欠如・多動症)の生徒にとっては、操作がなかなか難しかったりします。このような理由から軽い知的障害のある生徒でも宿題に取り組めるように、紙のプリントで問題をを用意し、終わったら学習センターに持ってくるか、郵送で提出してもらうようにしています。
次に、2つめの特長は「誰でも参加できる授業」です。
一般の通信制高校は、保護者が参加できるは一部の授業や公開授業のみだったりしますが、当校はすべての授業に親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃん、訪問看護師さんなども参加できます。
1学年の定員が40名なので、スクーリングのときは公共施設の広い会議室を借りて、40名全員に保護者ひとりが付き添って座れるように80席用意していますね。
そして、3つめの特長は「不登校支援の充実」です。
先生が家庭訪問をして、生徒と信頼関係を築くことはもちろんですが、当校では生徒が自分で行動できるようになるために、「同行支援」もおこなっています。
熊本県は、東部や山間部のエリアは交通網が発達しておらず、どこへ通うのも簡単でありません。外出が困難な生徒が多いので、家から教室や支援機関、または病院までの道のりを先生が一緒に電車に乗ったり、自転車をこいだりして生徒に同行します。
もともとNPO法人「くまもと学習支援ネットワーク」では、「子どもたちが将来一人で生活できるようにする」という目標を掲げています。その一環として始めたので、通信制高校のなかでも「同行支援」は珍しいのではないでしょうか。
一人ひとりに寄り添い卒業後の進路を応援
ー授業以外の「自由科目」について教えてください。
中山:「自由科目」は、個別学習や受験勉強、工作、レクリエーション、修学旅行、職業体験などさまざまなものがあります。
学校の成績や卒業資格には関係なく、参加は自由です。当校に通っている生徒たちは、小学校からほとんど学校へ行けていない子どもが多く、友達がほしい子どもが多いです。
そこで、子どもたちのためにゲームなどで生徒同士が交流を図れるように「コミュニケーションスキルアップ活動」を、毎週1回実施しています。そのほかにも不登校だった子どもは、林間学校や修学旅行などにも参加していないことが多いので、自由参加の「修学旅行」で、思い出づくりもできるようにしています。
また、自由科目のなかでも特殊な科目は、「職業体験」です。
通信制高校を卒業した子どもは、引きこもりやニートになりやすい傾向があります。そのため、1年生のうちから「職場体験」を積極的にサポートし、少しでも早くから社会に慣れてもらいたいと考えています。
体験活動の場所は、生徒の家から近いパン屋さんや花屋さんなどに学校からお願いをして、体験活動をさせてもらっています。多い子どもは、20件くらい行ったりするんです。
正直に言いますと、本人がやりたい仕事を見つけるのはなかなか難しいです。「この仕事がいいな」と思っていても、実際に行ってみたら「できなかった」「苦手だった」と気づくこともあります。
たとえば花が好きだから花屋さんで働いてみたいと思っていても、実際は水を使うので寒かったり、手が荒れたりして嫌になってしまう。それは、体験してみてはじめてわかることです。特に、発達障害や自閉症の子どもにとっては、 実際に体験しなければ理解できないことが多いです。
それでも、職場体験に行ってみたら、「3日間、1日4時間ずつ働けた」「お客さんからありがとうと言われて嬉しかった」など、そういう経験が自分で将来を現実的に考えるきっかけになっています。だからこそ、私たちは一人ひとり個別に対応し、生徒が長く続けられる仕事に就けるように、卒業後の進路を応援しているんです。
子どもたちのセーフティネットでありたい
ー今後の展望があればお聞かせください。
中山:私たちは、生徒にとって無理のない学校運営を一番大切にしたいと考えています。そのため、入学式や卒業式などの行事をおこなっていません。
「行事をしたほうがいい」というご意見をいただくこともあるのですが、そのような行事が、本人たちにとって負担になる場合もあります。
私たちは、あくまでも子どもたちのセーフティネットとして、これからも行事をしない方針で続けていきたいと思っています。
ー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
中山:学校が苦手で「通信制高校なら大丈夫かな」と思っていたのに、行事があったり、宿泊のスクーリングがあったりして、結局、通学をあきらめてしまった人もいるのではないでしょうか。
そんな子どもや保護者の方たちに、「未来高校熊本学習センター事務所という選択肢もありますよ」と伝えたいですね。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:未来高校熊本学習センター事務所