HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症は、現代ではウイルスを封じ込む治療が可能となりましたが、意外にもこの事実はあまり知られておらず、それゆえに差別や偏見に苦しむ人は今も数多くいるのが実情です。
そんな社会を変えるために活動をしているのがNPO法人「りょうちゃんず」です。
今回は団体の理事長を務める早坂 典生(はやさか のりお)さんに、活動内容のほか未来を担う子どもたちへのメッセージを伺いました。
HIVに悩むすべての人を支え、共に生きるために
ー本日はよろしくお願いします。はじめに、 NPO法人「りょうちゃんず」の概要や設立経緯について教えてください。
早坂 典生さん(以下、早坂):「りょうちゃんず」は、HIVに感染した方々の支援をメインに活動する広島のNPO団体です。
HIVというと、かつては「感染すると治療もできず、死んでしまうかもしれない病気」といわれました。そして「感染症である」ということから、否定的なイメージを持つ方が今も少なくありません。
また、「血友病」と呼ばれる先天性の病気をご存じでしょうか。日本ではこの病気の治療に使われていた薬のなかにHIVウイルスが混入し、HIVに感染された方も多くいます。過去には「薬害エイズ事件」といわれ、大きな話題になりました。
このようないわば被害者である方々も、いわれのない差別や偏見に合っていました。そういった方たちに向けて、「国や会社に裁判を起こしませんか」と裁判参加の呼びかけのほか、薬害の被害者が話せる場として1996年に発足したのが「りょうちゃんず」です。
尚、「薬害エイズ裁判」に関しては今から25年近く前に「和解」という形で解決し、和解のときの被害者と国との約束が今の日本のHIV医療に大きく活かされています。
今では医療も進歩し、HIVの治療を正しく受けられれば、人に感染させてしまう恐れもなく、自分が思う一生をまっとうして暮らせるようになりました。
しかし、それでもHIVに対する世間のイメージは未だ否定的なものが多いものです。ゆえに現在もHIVの患者さんは孤立しやすく、なかには自ら人との関わりを避ける方もいるほどです。
薬害にあった人たちを支えるために発足した「りょうちゃんず」ですが、感染ルートを問わず、HIV陽性者の方が病気になっても元気に生きられるように、幸せに生きられるよう支えとなるべく活動を続けています。
ちなみに「りょうちゃんず」という団体名ですが、こちらは先代の代表の名前を元にしたものです。親しみやすさを感じていただければ幸いです。
HIVのリアルを共有し、正しい向き合い方を広く伝える
ー「りょうちゃんず」の活動内容について詳しく教えてください。
早坂:私たちは「ピア相談事業」ということで、HIV陽性者のための電話相談をメインにおこなっています。
電話相談では、たとえば、まずは相談者のいいたいことを聞かせてもらう姿勢でいます。必要であればほかの相談窓口や役所、病院などを調べてお伝えするようなこともしています。
でも、私たちが一番大切にしているのは、HIV陽性者の経験を共有することです。
感染について感じたこと、抱えている悩み、それから「こんなことをしたら元気になった」など、多くの経験を共有しながら相談に乗っています。
このように、ある意味ではHIV陽性者の先輩としての経験をお話をするということで、感染したばかりの相談者の方も遠慮なく話しやすい相談先になっているのではないかと思っています。
そのような環境もあってか、相談者の年齢層、地域も幅広く、20代から70代までいらっしゃいます。
また、「感染しているかはまだわからないけど、不安だから話が聞きたい」といった方からの相談もお受けすることがあります。
ただ得てしていえるのが、多くの方が昔ながらのHIVに対する怖いイメージを抱えているということです。
しかし先ほどもお話したとおり、今では治療方法が確立されていて、仮にHIVに感染しても一般的な日常を送れる時代になりました。
相談者にはこのような事実をお伝えするほか、実際には30年以上もHIVとともに生きている方がいるという現実も時には伝えるなど、リアルな声を届けています。
HIVというと「おいそれと聞いてはいけない、特別な病気」というイメージがなかなか抜けません。しかし、「そんなことはないんだよ」「HIVでも世の中で普通に暮らしているんだよ」ということを電話相談で伝えて続けていきたいですね。
ー続いて「検査相談事業」についても詳しくお聞かせください。
早坂:「検査相談事業」では、「HIVなのか不安で検査を受けたいが、どうしたらよいのかわからない」という方に向けて、相談に乗っています。
実はHIVは検査を受けるしか感染の有無は、誰にもわかりません。でも検査は比較的簡単で、少量の採血をして、ものの30分~1時間ほどで結果が出ます。しかも保健所では検査料はかかりませんし、名前も匿名で受けられるんです。
だから手始めに「まずは保健所に電話をかけてね」など、具体的に検査を受けるまでの方法から流れまで詳しく解説しています。
最近だとコロナの影響からできていませんが、広島県や広島市、広島県臨床検査技師会とのコラボでイベント検査もやっていました。
年に2回、広島市内中心部の繁華街で10年ほど続けてきましたが、こういったイベントだと「試しに受けてみよう」と気軽に受けてくれる方も意外といます。なかには「今年も受けに来ました」という常連さんもいるんですよ。
このようなイベントを通して、「HIV検査は簡単に受けられるものなんだよ」「構えすぎる必要はないんだよ」ということを伝えています。
調査研究や啓発活動もおこなう
ー「調査検査事業」ではどういったことをされていますか?
早坂:「調査研究事業」では、血友病の薬による薬害を受けた方のリアルな声を残すための活動をおこなっています。
薬害エイズの裁判は25年近く前に終わり、当事者の方は主に40代~60代になるんですが、彼らの気持ちについて語られる機会は、今までなかなかありませんでした。
そこで、私たちは彼らのお話を「ライフストーリーインタビュー」という形で、直接お話を聞かせてもらっています。病気のことだけでなく、自分は何を感じていたか、どんな助けが欲しかったか、当時の思いなどですね。
お話の内容をもとに分析をするのですが、分析するのは「りょうちゃんず」だけでありません。同じ薬害当事者、社会学や臨床心理士の先生、看護師さんなど、さまざまな人の手で分析をおこなっています。
多角的な視点から当時を振り返り、今後につなげていきたいという想いで活動していますし、また、当時のことを将来に伝える資料としても残していきたいと思っています。
ー「啓発活動」についてもお聞かせください。
早坂:「啓発活動」は、ご依頼のあったところへHIV当事者を派遣する形でおこなっています。たとえば、医療系の大学や医療機関の研修会、保健師さんたちの集まりに派遣することもありますね。
この活動では、専門的な知識を学んでもらうというよりも、当事者であるその人が「どう思った」「こうだった」ということをとても大切にしています。
私たちの啓発活動では、ときには差別や偏見に対する悲しい話も出ると思いますが、逆に一般的な人たちと変わらない生活についての話も出るでしょう。
ごくごく普通の暮らしをして、楽しいことがあれば笑って、美味しいものを食べて喜んで、ときにはイラっとすることもあったり…。
HIV陽性者であっても、根本的なことは何も変わらないということを知識ではなく、生きた言葉で伝えたいと考えています。
差別や偏見のない世のなかを目指して
ー「りょうちゃんず」の活動を通して、子どもたちに伝えたいことはありますか?
早坂:HIVのことを多くの人はどこか別世界のものであるように感じ、自分には関係ないものだと思い込んでいます。
しかし、HIVは誰しもが当事者になり得る感染症です。別世界のものではなく、すぐそばにあるものだということは、少なくとも知っておいてもらいたいなと思います。
そして、自分が感染したらどう思うか、家族が感染したらどう思うかを皆さんで考えてみてほしいです。遠いところの病気を見ながら、「差別を止めましょう」といっても、実感がないですよね。
だから、身近なものであることを自覚し、自分や身近な人がなったときにどうなるんだろうということをまずは考えてみてください。
そのときに感じたことが、HIVを正しく知ることにつながると思います。
ー今後の展望についてもお聞かせください。
早坂:HIV陽性者は、今でも年間約1,000~1,500人程度の割合で増えています。
しかし、HIVになっても「すぐに悪化して、違う病気やエイズを発症する」「死んでしまう」「移したり移されたりする」といった心配をする必要はありません。
薬を1日1回飲んで治療すれば、ウイルスを押さえ込めるので、ウイルスが悪さをすることもほかの人に感染させることもなくなります。
実際すでに何十年もHIVとともに生きながら、元気に楽しく人生を謳歌している方がたくさんいます。
このようにHIVのウイルスそのものに対する心配やリスクはクリアされました。でも、差別や偏見は今も根深くあります。
HIVにならないための予防教育はもちろん大切ですが、予防していても避けられないときはあるでしょう。
そのようなときのために、「仮になったとしても大丈夫だよ、なんとかなるよ」「人生をあきらめるような病気じゃないよ」「HIV陽性者は誰からも否定されるような病気じゃないんだよ」というメッセージを今後も伝えていきたいと思っています。
そのためにも、HIV陽性者の方やなんらかの不安を抱えている人たちが話をしたいときに話せる場所を残していきたいですね。
ー最後に、読者の方に向けてメッセージをお願いします。
早坂:コロナ禍の現在、最初は新型コロナウイルスについてもHIVのように「実態がわからず、怖い病気」だというイメージが先行しました。
そして、感染した場合には「どこでなったのか」「誰から感染させられたのか、誰に感染させたのか」といった話が取り沙汰され、差別や偏見が生まれています。
このように未知の病気や感染症というものは、HIVに限らず、どうしてもネガティブなイメージがつきまといがちです。
しかし、これらの病気や感染症には、いつどこで誰がなってもおかしくないものです。発症した順番から「感染した、感染させた」といわれがちですが、それも定かではありません。
感染という結果だけで判断して誰かを否定することは、本当ならできないこと、やってはいけないことだと知っておいてほしいですね。
あとは、情報のアップデートを子どもたちには心がけてもらいたいです。新型コロナウイルスについては、去年と今では病気に関する情報も劇的に変化して対処法も大きく異なります。
HIVも騒がれ始めてからちゃんとした治療ができるようになるまでには、10年、15年という月日がかかりました。その間にHIVに関する情報も大きく変わりました。
このように情報は日々、アップデートされます。また誤った情報も、ときには出てきます。未来を担う子どもたちには、正しい情報を掴み、情報を正しく扱える大人に、そして自分のことだけではなく、相手がどう思うかを想像できる、人に思いやりを持った大人に育ってもらえたら嬉しいです。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:NPO法人 りょうちゃんず