みなさんは、“福祉”に対してどのようなイメージもっていますか?
人のお世話をする仕事、誰かの役に立つ仕事、需要の高い専門職…。なかには、「体力的にもキツそう」というイメージをもっている人も多いのではないでしょうか。
今回は「東京福祉専門学校」リカレント教育センター長の堀 延之(ほり のぶゆき)さんに、同校の教育や現代の福祉についてのお話を伺いました。
福祉は、私たちの生活や社会にとってとても身近な存在です。
福祉の仕事をよく知らないという方から、興味のある方まで、ぜひご一読ください。
福祉を中心に保育や保健、医療分野の人材を養成する学校
ー本日はよろしくお願いします。まずは「東京福祉専門学校」の設立の経緯や概要を教えてください。
堀 延之さん(以下、堀):1987年に「介護福祉士」や「社会福祉士」といった福祉の国家資格ができたことを受け、2年後の1989年に福祉分野の専門職養成を目指して設立しました。
現在は福祉を中心に保育や保健、医療の分野で活躍する専門職を養成しています。
私たちが目指しているのは、地域で暮らす人々の健康やいきがいのための情報発信をしたり、一人ひとりが健康で自立した生活を送れる社会づくりに寄与することです。
専門職の養成を通じて、地域社会に貢献したいという思いで日々取り組んでいますね。
ー教育方針についても教えてください。
堀:当校では、「主体性」と「協働する力」を重んじた指導をおこなっています。
専門学校というと高校卒業後の進路のイメージが強いかもしれませんが、当校では在校生約1,000人のうち、高校新卒の入学生は3割強、残りは短大・大学卒や社会人経験者などで、留学生の方もいます。
学生たちは当校卒業後、たくさんの人たちと共にさまざまな考え方や価値観のなかで働くことになります。
そのため在学中から多様な年齢や出身、キャリアをもつ学生たちが一緒に学ぶ環境のなかで、グループワークや課題学習などを通して互いに協働しながら学ぶことを大切にしています。
また社会が目まぐるしく変化するこの時代、福祉の制度やサービス、価値観もどんどん変わっていきます。
今後福祉の分野で求められるのは、社会の変化を察知し、新しい情報を取り入れながら、一人ひとりに合わせた対応ができる人材です。
そんな人材を目指して、学生たちは卒業後も学びを続ける必要があります。そのため当校では主体的に学ぶ姿勢を磨くことも重視した教育をおこなっています。
新しい福祉の学習と豊富な現場体験が強み
ーほかの専門学校にはない強みを教えてください。
堀:当校には、大学や研究機関のような広いキャンパスや設備は整っていませんが、新しい福祉を学ぶ点は強みです。
たとえば、ITやICTを活用した、人を支えるための幅広い視点や実践がより身につく授業も展開しています。
また少子高齢化が進んでいる日本だからこそ、高齢者が年齢を重ねてもその人らしく活躍できる社会づくりを、世界に先駆けて福祉専門職が担うことができるともいえます。
社会の変化や状況に対応し、高齢者や障害のある人を含む全ての人が、自身の価値観や自分らしさを活かした生活を送れるようになるために、ハード・ソフトの両面からどう取り組むべきかを柔軟に考えながら学ぶ、それが私たちの目指す新しい福祉の教育です。
もうひとつの強みは、さまざまな現場体験ができるところですね。
現場体験では地域の福祉現場へ出向いて実習や体験をしたり、現場の方たちと協働してよりよいケアを実践するための学習をしたりしています。
また学内に誰もが相談でき、気軽に集える町の地域拠点「なごみの家葛西南部」もあり、学生たちが普段から子どもや高齢者とふれあう機会があるんです。
「こども保育科」では、授業で学んだことを活かして地域の子どもたちにさまざまな活動を提供する「こども教室」も実施しています。
授業で理論や技術を学ぶことに加え、実践的な活動を通していろいろな人と関わりながら学ぶことを大切にしているのも当校の特長です。
幅広い体験や学びが就職へのステップにも
ー卒業後はどのような職業を目指せるのでしょうか?
堀:卒業後の職業は、「介護福祉士」「社会福祉士」「精神保健福祉士」「保育士」「作業療法士」といった専門職が中心です。
まず「介護福祉士」は、主に高齢者を対象に身体と心の状態に合わせた介護を通して、一人ひとりの生活をどのようにサポートするかを考えながら、日常生活全般を支える専門職です。
「社会福祉士」や「精神保健福祉士」は、「ソーシャルワーカー」とも呼ばれ、多様な方の日常生活でのさまざまな困りごとや課題に対し、制度やサービス、社会資源などを活用しながらの解決をサポートをする専門職です。
「保育士」は、日常生活のサポートを通して子どもの成長や発達をうながす仕事です。また保護者の子育てをサポートすることも大事な役割のひとつです。
さいごに「作業療法士」は、日常生活での様々な活動を「作業」ととらえ、その能力の維持や改善を図るともに、環境整備を行うリハビリの専門職です。
福祉というと世話をする・面倒をみる・相談にのるといったイメージを持たれがちですが、私たち専門職が主役ではありません。
誰もがその人らしい人生を送れるよう伴走者の役割を担い、そこに高い専門性が発揮できる人材を目指して学生たちは日々勉強に励んでいます。
ー資格取得や就職のサポートはあるのでしょうか?
堀:「こども保育科」では、当校卒業と同時に保育士や幼稚園教諭の資格を取れますが、社会福祉士や精神保健福祉士、作業療法士は、必要な単位を履修したうえで国家試験に合格することが資格取得要件となります。
そのため、国家試験に合格するための試験対策のサポートもおこなっています。
でも、国家試験の学習で「ここが試験に出るから勉強するように」というのはあくまでテクニック。資格取得はゴールではなく専門職としてのスタートラインです。そのため、当校が意識しているのは、資格試験の学習を通して、卒業後に専門職として働きながら主体的に学び続ける力を身につけることです。
就職については、学生それぞれの多様な社会経験、家族を介護した経験、福祉のサポートを受けた経験などの背景と、当校での学習を掛け合わせ、どのように福祉現場でのキャリア構築に活かしていくかという視点も大切にしながらサポートをおこなっています。
未来の福祉現場をリードする人材養成を目指して
ー新開講の「IT医療ソーシャルワーカー科」についてお聞かせください。
堀:「IT医療ソーシャルワーカー科」は、ソーシャルワーカーを養成する学科のひとつとして来年4月より開講します。
既存のソーシャルワーク技術に加え、ITやICT、AIなどのテクノロジーを利活用して日常生活の課題を解決できる、そんな力をもったソーシャルワーカーを養成する学科です。
福祉に最新テクノロジーを活用できるようになると、さまざまな課題を抱える人々が社会に積極的に参加できる可能性が広がります。
たとえば、不登校の児童に対して、通信機能のついたロボットの利用により、自宅からでも授業に参加できる仕組みの提案ができるかもしれません。
また、声を失ったALS(筋萎縮性側索硬化症)の人が、あらかじめ記録した本人の声を合成した音声読み上げ機能と視線入力センサーを利用し、意思疎通をすることなども実証が進められています。
テクノロジーは必ずしも「人の仕事を奪う」ものだけではありません。テクノロジーを効果的に利活用することで人と人をつながりを再構築し、人の可能性を広げることができるということを、福祉人材の育成を通して発信し、実現していきたいと考えています。
ー今後の活動や展望をお聞かせください。
堀:オリンピックやパラリンピックも契機に、「ダイバーシティ」や「インクリュージョン」という概念を目にすることが多くなったように、これからの世界は、「多様な人々がいるのが当たり前」という社会の実現に向かっていくと思います。
そのような社会で、一人ひとりが持つ強みに気づき、発揮するサポートができる専門性を備えたは、これまで以上に大事な役割を担うことになるでしょう。
あわせて、よりよい生活と社会を目指すにあたり、福祉にITや ICT、AIといった最新テクノロジーを利活用することも非常に重要になると思うんですよね。
また、福祉の業界もどんどん変化しており、取り組み内容や結果をデータで問われる機会も増えてくことが見越されます。
このような未来に向けて、社会や福祉現場をリードし、だれもが自分らしい生活を送ることができるサポートに、柔軟かつクリエイティブな姿勢で取り組むことができる人材を養成することが、私たちの使命だと考えています。
ー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
堀:実は子どもたちが「福祉の仕事」にふれる機会は身近にあります。
保育士の先生にお世話になったり、障害のあるクラスメイトを支える支援員さんと関わったり、祖父母を支えるケアワーカーの方を見たりなどから、この仕事に興味を持つ子どもたちもいると思います。
また、小学校や中学校の職業体験などで、福祉現場を訪問することも増えてきています。SDGsについての学びから福祉の仕事への興味につながっているかもしれません。
ただ、高校生になって卒業後の進路を決めるときに、福祉関係の仕事を目指したいと言うと、親や先生から「大変だからやめなさい」と止められたという話を聞くこともあります。
子どもたちがせっかく福祉の仕事に興味をもったのに、一面的な判断でブレーキをかけてしまう…それはすごくもったいないことだと思うんです。
なので、もしお子さんが「福祉の仕事を目指したい!」と言ったら、「どんなところに魅力を感じたのか?」という思いに、じっくり耳を傾けていただけると嬉しいです。子どもたちなりに未来を描き、大人たちが見えていない福祉の仕事の本質に気づいているかもしれません。
また、福祉に限らずですが、「学び」は何歳からでも始められるということを、知っていただけたらと思っています。
当校に通う学生のなかには、お子さんのオープンキャンパスについて来た保護者の方が、子どもと一緒に入学することを決めたケースもあります。
親御さんが勉強に取り組む姿を見せることは、子どもたちが主体的に学習に取り組むための何よりの「教材」になります。
特に福祉の学びは40代や50代からでもスタートでき、社会人経験者の方が学びやすいさまざまなサポート制度もあります。資格習得後も子育てや仕事の経験を活かして、第二の人生として仕事ができる余地もたくさんあるんですよね。
子どもにどういう教育を提供しようと考えている保護者の方には「ぜひご自身も学ぶ機会をもつことを視野に入れてみては」ということもおすすめしたいです。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:東京福祉専門学校