大分県北部の沿岸には、瀬戸内海でいちばん大きな中津干潟(なかつひがた)が広がっています。
海岸の長さは約10㎞。潮が引くと、沖のほうへ向かって3㎞歩いていけるところもあります。
そこには、生きた化石の代表格・カブトガニをはじめ、数多くの貴重な生き物が暮らしています。
今回は、中津干潟の保全活動をする「NPO法人水辺に遊ぶ会」の山守 巧(やまもり たくみ)さんに、干潟の魅力や、親子で参加できる観察会などについてお話を伺いました。
生き物好きなお子さんをもつ保護者の方や、子どもに環境保全について学ばせたい保護者の方は、ぜひご一読ください。
希少生物の宝庫である干潟を守るため設立
ー本日はよろしくお願いします。まずは「NPO法人水辺に遊ぶ会」の設立経緯について教えてください。
山守 巧さん(以下、山守):NPO法人「水辺に遊ぶ会」は、1999年7月1日に設立されました。
このとき、中津港(大分県中津市)が重要港湾に指定され、関連事業として干潟の埋め立て計画が進んでいたのです。
「本当に干潟を埋めてしまっていいのだろうか?」と疑問をもった人たちのなかには、「水辺に遊ぶ会」の初代理事長・ 足利由紀子(故人)がいました。
足利が、地元の人でさえ足が遠のいていた干潟に一歩足を踏み入れてみると、そこには無数の小さな生き物たちがうごめいていたといいます。
驚いたのが、“生きた化石”といわれるカブトガニとの遭遇で、海洋生物学の専門家でさえ、この干潟にカブトガニが生息していることを知らず、学会でも発表されていなかったそうです。
足利は大学で海洋生物学を学んでいたので、
中津の干潟が、希少生物の宝庫であることを発見しました。
そこで足利は、地元の人が気づいていなかった干潟の魅力を、多くの人に知ってもらおうと「水辺に遊ぶ会」を設立したのです。
ー干潟を守るために、どのような活動をしてきたのか教えてください。
山守:「水辺に遊ぶ会」設立当時は、地元の人や、港の計画を推進していた市民や関係者に干潟のことを理解してもらうために、頻繁に干潟の観察会や干潟の調査活動をおこなっていました。
その結果、中津干潟の生物群の3割近くが、日本で絶滅の危機に瀕している種だったことがわかってきたのです。
このような活動の甲斐もあり、2004年、コンクリートで固められる予定だった中津干潟の一部には、「セットバック護岸」(海岸線から内陸に入った地点に護岸を設置し陸地を守る方法)が採用されることになりました。
「セットバック護岸」は、保全と安全を両立するグリーンインフラの先進事例として注目されています。
よって、干潟は無事守られたのですから、団体としての目的は達成できたわけです。
しかし、「保全活動は継続するべき」という声が挙がり、現在まで22年間、観察会や調査研究、沿岸のごみを拾うビーチクリーンなどの活動を続けています。
干潟でできる自然体験を提供
-「水辺に遊ぶ会」がおこなう事業について、詳しく教えてください。
山守:私たちは「生き物元気、子どもも元気、漁師さんも元気な中津干潟を100年後も」というスローガンのもと、3つの柱を立てて事業をおこなっています。
1つめの柱は、中津の海岸のごみを拾うビーチクリーンや、松林の再生活動をおこなう「保存・保全」の事業です。
年に4回実施しているビーチクリーンは、家族で参加される方が多く、毎回100~200名の参加者が集うんですよ。
ごみを黙々と拾うだけでなく、漂着物の調査もおこなっています。
2つめの柱は「教育・学習支援」です。
「教育・学習支援」のメインの活動は“自然観察会”で、カブトガニやアカテガニ、渡り鳥の観察会も開催しています。
中津には干潟だけでなく、川やため池もあるので、中津でしか見られない貴重な川魚やトンボの観察会も開いていますね。
主に小学生を対象にした“環境学習”では、中津干潟のカブトガニを中心とした生き物の観察会をしています。
保育園・幼稚園児から参加できる体験学習としては、地元の漁師さんにご協力いただき、中津干潟で育てた海苔を、昔ながらの方法で手すきして天日干しにする“海苔すき体験”や、魚をさばいて食べる“お魚体験”などを用意していますよ。
そして、3つめの柱は「調査・研究」事業です。
生き物調査のほか、地形調査、環境調査、水質調査などを続けており、その成果は国や自治体、メディアなどから高い評価をいただいています。
また、全国から来る研究者のサポートもおこなっており、年間10回以上も通って来られる渡り鳥の調査チームもいらっしゃるんですよ。
干潟観察会や冬鳥観察会は見ごたえたっぷり
ー今後、開催予定のイベントなどがあれば教えてください。
山守:10月16日には、干潟に住むさまざまな生き物に出会える「秋の干潟観察会」を予定しています。
今年の春に開催したときは、200人以上の方が参加しました。
12月には、ビーチクリーンや、ズグロカモメと冬鳥の観察会も開催予定です。
運がよければ、
絶滅危惧種のクロツラヘラサギや、オオハクチョウが見られるかもしれません。
おおむね毎年開催している大きなイベントとしては、春に「がたふぇす(ひがた祭り)」があります。
「がたふぇす」では、干潟の生きもの観察会などのさまざまなワークショップを開催したり、おいしい食べ物を用意しているので、毎年多くの家族連れでにぎわっていますよ。
現在は新型コロナウイルスの影響で活動できていないのですが、ワークショップや干潟の生き物観察を通して理科を学べる「中津ひがた子こどもアカデミア」も主催しています。
「中津ひがた子こどもアカデミア」は、参加した子どもたちが、大学生や専門家と対話をしながら学習する、という貴重な体験ができるので、“コロナ禍”が落ち着いたらぜひ再開したいですね。
自分たちの地域の自然に触れてほしい
ー今後の展望をお聞かせください。
山守:基本的には、今の活動を堅実に続けていきたいと思っています。
「目新しさがない」といわれてしまうこともありますが、私たちのような活動は、継続することがとても重要なんですよ。
そのなかで常に心がけていることは、子どもたちに、「自分たちの住んでいる町の自然について知ってもらい、好きになってもらう」ということです。
干潟の知識を話したり、今話題のSDGsの話をすることもできますが、頭で理解するよりも、体を使って、泥んこになって遊んで、「楽しかった!」「おもしろかった」という体験をすることが大切だと思っています。
また、近い将来には、
2016年に設立したネイチャーセンター「ひがたらぼ」という小さな博物館を、さらに拡大していきたいですね。
現在の「ひがたらぼ」も手狭ながら、ミニ水族館や鳥の観察コーナーなどがあり充実しているので、新しいネイチャーセンターをつくって、より深く干潟の自然を学べる場所にしたいと考えています。
ー最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。
山守:自然体験は、人の根っこの部分を形成していくと思っています。
現代は、家のドアを閉めて室内にこもっていれば、日本にいようがインドにいようがアメリカにいようが、世界中どこに住んでいても、違いはほとんどないのでしょう。
でも、せっかくその地域に住んでいるのなら、扉を開いて、自分たちの住んでいる町の自然を見て、触って、体験してほしいですね。
中津干潟に限らず、皆さんが暮らすそれぞれの地域の自然を知り、愛着をもつことが大切なのではないでしょうか。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:NPO法人水辺に遊ぶ会