海外に行ったり、海外の写真を見たりすると、外国と日本の景観の違いを感じる方は多いのではないでしょうか。
もちろん、日本も素敵な国です。しかし、世界には素敵な建築物や街並みがたくさんあり、日本と何か違う。
そんな疑問から設立されたのが、NPO法人「こどものけんちくがっこう」です。
こどものけんちくがっこうでは、小・中学生が建築や環境について、体験的に学ぶ場を提供。ものづくりに取り組みながら、建築への関心を深め、将来より豊かな暮らしができるよう授業を通して子どもたちに伝えています。
今回は、これまでにない新しいかたちの建築教育プログラムについて、理事長の鷹野敦さんと、監事の大迫学さんにお話を伺いました。
子どもたちに建築を教える「こどものけんちくがっこう」とは
ー本日はよろしくお願いします。まず、NPO法人「こどものけんちくがっこう」はどのような活動をされている団体なのでしょうか?
鷹野 敦さん(以下、鷹野):「こどものけんちくがっこう」は、一般的な習い事や塾のように、子どもたちが建築について学ぶことができる場を提供している団体です。
授業内容は、大学で教える建築学といった専門的なものではなく、ものづくりを通して、子どもたちが建築や環境に興味・関心を向けられる内容が中心となっています。
学校の運営は、鹿児島大学工学部建築学科で私が主宰する環境建築研究室と、鹿児島のハウスビルダー「ベガハウス(※)」を中心に、同じ志を持ったさまざまなメンバーが集まっておこなっています。
(※)鹿児島県鹿児島市にある工務店。「暮らしを建てる」をテーマに、ものづくりを通して幸せを追い求め、新しい住まいの提案に取り組んでいる。
ー「こどものけんちくがっこう」を設立された経緯を教えてください。
鷹野:私は以前、フィンランドの大学に勤めていたのですが、ヨーロッパの美しい街並みを見て生活していくなかで、日本との景観の差を感じることが多くなっていました。
もちろん、さまざまな違いはあるにせよ、根本的に何が違うのかととても考えていたんです。
そこで気づいたのが、教育が関係しているのではないかということ。
たとえば、多くのフィンランドの子どもたちは、長期間の夏休みをセカンドハウスで過ごす習慣があるんですね。
おじいちゃんの代から受け継がれたセカンドハウスは、年季が入っていて傷んでいることが多く、親子一緒に修繕する機会がよくあります。
また、フィンランドでは、小学校の算数や社会などすべての教科に、建築の要素が多く含まれているんですよ。
このように子どもの身近にたくさんの建築に触れる機会がある、そんな環境を見て、日本でも幼いころから建築に触れて関心を持つ子どもが増えれば、街並みや環境ももっとよくなるのではないかと思いました。
その後、日本へ帰国することになり、以前からご縁があった、ベガハウスの大迫さんに“子どもたちに建築を教える学校”を提案したのが、この活動のきっかけです。
そして、意気投合した私たちは、2015年から「こどものけんちくがっこう」をスタートしました。
大迫 学さん(以下、大迫):そうなんですよね。日本にはよい街並みがあっても、便利さを求める区画整理によってどこも一緒のように見えてしまっています。
私が住宅を手がける際に、施主から希望として出される条件は、真っ白で明るく便利な家がいいといった要望がほとんど。
こういった価値観は、子どものころから建築に向き合う機会や教育がないからなのでは、というのは私も感じていたので、鷹野先生からの提案に賛同しました。
新しい発見がたくさん!ものづくりを通して建築に親しむ授業
ー活動内容について詳しく教えてください。
鷹野:まず、1年通しておこなっている「定期授業」ですね。
対象は小学3年生から中学生までで、4〜8月を前期、10〜翌2月を後期とし、土曜日を利用して実施しています。
前期では「手で学ぶ授業」として工作や模型づくりを中心に、後期は「頭で学ぶ授業」として座学や実験、見学などに行くこともありますね。
現在は新型コロナウイルス感染対策により、月に1回の対面授業にオンライン授業を組み合わせたプログラムになっています。
授業は、小学3年生・4年生クラス、小学5年生・6年生クラス、中学生クラスと、学年や習熟度ごとに分けておこないます。
内容としては、小学3年生・4年生は、建築に親しめる遊びに近い工作や、模型製作などが中心。
小学5年生・6年生は、もう少しレベルが上がって、家具をつくったり、理論的に授業をおこなったりしています。
中学生クラスまでいくと、名作家具のレプリカづくりや、自作の模型を使って住宅の構造を学ぶこともするんですよ。
授業の計画は、我々と大学生が一緒に考え、授業当日は大学生が先生として子どもたちに教えます。
ちなみに、これは薩摩藩の「郷中教育教育(ごじゅうきょういく)」に倣った、年長者と年少者が“教えながら学び、学びながら教える”スタイルをとっています。
ーオンライン授業ではどういったことを学ぶのでしょうか?
鷹野:Zoomをつかったオンライン授業はコロナ禍を機に導入したんですよ。
2か月に1回同日に、「建築の基礎を学ぶ授業」と「名建築を学ぶ授業」、「世界の住まいを学ぶ授業」の3コマを開催します。
たとえば、「コンクリートって何?」という授業では、事前に参加者へセメントの粉を送り、当日みんなで調合して型に流すといったことを実践するのですが、対面授業と同様のものづくりを楽しめるのが特徴です。
また「世界の住まいを学ぶ授業」では、世界各地に住む日本人をゲスト講師に招き、お宅や街並みを見せていただきながら、日本との住環境や住まいの違いをライブで見て学んだりもしますね。
ー子どもがワクワクしながら取り組める学習内容ですね。ほかにもおこなっている授業はありますか?
鷹野:夏休みなどの長期休暇には、実践型の集中講義「特別課外授業」も開催しています。
これは、2日間かけて実際の建築物を建てるプログラムです。
これまで、子ども用の小屋や、読書スペース、木の周りでくつろげるツリーサークルを森のなかにつくってきました。
ただ、今年はコロナ禍により合宿での開催が難しいので、現在約1か月かけてコンピュータでつくった部品を組み立てる「デジタルファブリケーション(※)」に取り組んでいるところです。
そのほかには、イベントにブース出展して、「1日体験授業」も実施し、より広く子どもたちに建築や街について興味をもってもらえるように活動しています。
(※)デジタルファブリケーションとは、デジタルデータをもとにものづくりをする技術のこと。3DCADなどのデジタルデータを、3Dプリンタやレーザーカッターなど、コンピュータと接続された機械でさまざまな素材から切り出して成形する技術。
世界にも視野を広げるオンライン授業やイベントに注目!
ー今後開催予定のイベントなどがあれば教えてください。
鷹野:後期の定期授業が10月からスタートします。
また、隔月でおこなっているオンライン授業は、今年は9月4日、11月6日に開催予定です。
9月のオンライン授業は、「英語でけんちくがっこう」と題して、鹿児島在住カナダ人のボウ・コーザー先生を講師に招き、家や建築について、簡単な英会話とともに学べるプログラム。
オンラインだからこそできることに注目して、今後も新しいコンテンツをどんどん取り入れていきたいと考えています。
オンライン授業の詳細は、ホームページで随時公開中です。
日本全国から参加できるので、興味のある方は、ぜひチェックしてみてくださいね。
“心豊かな未来のため”建築を教育のひとつの選択肢に
ー今後の目標や、展望をお聞かせください。
大迫:コロナが収束したら、実際に海外でも授業を開催したいという構想を練っていますね。
鷹野:私もたくさんありますが、まずはこの活動を継続していくことが大きな目標としてあります。
そして、今回授業でも取り上げた「デジタルファブリケーション」など、子どもたちには先端的な技術や考え方に触れる機会を提供することも重要だと考えています。
そのためにも、常にアンテナを張りつつ、世のなかの動きを柔軟にキャッチし、我々の活動にうまくかけ合わせたプログラムづくりをしていきたいですね。
また、現在、子ども向けの建築の教材づくりを検討中です。
教材化できれば、学校の授業などにも活用でき、より社会に対して貢献できるのではと思っています。
この教材製作のパートナーも募集しているので、協賛・協力してくれる個人や企業の方はぜひお声かけください。
ー最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします。
鷹野:日本の教育が高度に標準化されているのはよい面もありますが、限られたものさしによる弊害がある点は、社会的にも問題視されています。
それを突破するためには、異なる教育のスタイルや内容を増やしていくべきだと思っているんですね。
そういった観点でも、子どもたちには習い事の選択肢のひとつとして、建築の学習にもぜひ参加して興味の幅を広げてほしいと思っています。
大迫:鷹野先生からも最初お伝えしたように、当団体は“習い事のように建築を学べる学校”です。
生徒全員が将来建築家にはならなくても、子どものころに建築を学んだことによって、豊かな暮らしを思い描ける人が増えればいいなと思います。
大人になって、住まいや環境について考えるシーンはたくさんありますからね。
鷹野:自分たちを取り巻く住まいや環境をよくするためにも、建築や環境について学ぶのはとても大切なこと。
保護者の方を含め、みなさんがもっと建築に関心をもってくれると嬉しいですね。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:NPO法人 こどものけんちくがっこう