日本には、古くから地域で受け継がれてきた伝統芸能が数多く存在します。そのなかでも、「神楽」は神代(かみよ)の時代から続く伝統芸能のひとつです。
明治から戦後にかけて盛んにおこなわれていた「神楽」ですが、現在では目にする機会が少なくなってしまいました。
そこで、昔ながらの「神楽」の伝統を残すために、廃れかけている演目の研究やイベントなどでの普及活動をおこなっているのが特定非営利活動法人「里神楽・神代神楽(じんだいかぐら)研究会」です。
今回は、特定非営利活動法人「里神楽・神代神楽研究会」の代表を務める加藤 俊彦(かとう としひこ)さんに、活動内容や伝統芸能を通して子どもたちが学べることついて詳しくお話を伺いました。
伝統芸能の普及活動を通して被災地を支援
―本日はよろしくお願いします。まず、特定非営利活動法人「里神楽・神代神楽研究会」の設立経緯について教えてください。
加藤 俊彦さん(以下、加藤):まず「神楽」とは、「踊る事で神を招く事」を原点とした、神代(かみよ)の時代から続く神社に欠かせない奉迎の舞のことです。
日本の伝統芸能は、国や県から文化財に指定されていたり、継承を目的とした保存会が発足されていたりするケースが多いと思います。
しかし、私にとって伝統芸能は「今も生き続けているもの」であり、文化財や保存会などのように過去のものとして扱うのは少し違和感がありました。
そこで、神楽が好きな人たちが集まり「育成会」や「研究会」という名前で活動をしていけばいいのではないかと考え、「特定非営利活動法人 里神楽・神代神楽研究会」を設立しました。
―具体的にどのような活動をしているのでしょうか?
加藤:実は2011年に「里神楽・神代神楽研究会」のNPO法人申請をおこなった日に、ちょうど東日本大震災が起きてしまったんです。
震災の影響もあり、なにか自分たちにできることはないかと考え、伝統文化の普及活動を通して被災地支援などをおこなっています。
たとえば、「獅子舞」や「神楽」を子どもたちに教え、入場料をもらうイベントを実施することで、その収益を利用して支援物資を被災地に届けています。
さらに、被災地でもチャリティ公演をおこない、物販などで得た収益を被災孤児に寄付する活動もおこなっているんです。
被災地支援のための活動は、テレビ局や新聞社の方も協力してくれているので、とてもありがたいですね。
この活動を通して、被災地支援をするだけではなく、イベントに参加した子どもたちは「自分が伝統芸能を披露することで、同じ年齢の子どもたちを救うことができる」というやりがいも実感できているのではないでしょうか。
―普及活動のほかには、どのような活動をおこなっていますか?
加藤:来てくれた子どもたちに、演者の子どもたちが神楽を教える「体験」もおこなっています。
私は「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆 なら踊らにゃ損々」と阿波踊りの歌詞にもあるように、神楽だけではなく日本の伝統芸能は、やってみることが格別に面白いと思うんです。
そして、教える事への責任や教える楽しさも大事なことではないでしょうか。
舞台に出た子どもたちが、見に来てくれた子どもたちに神楽の楽しさを教える体験は、 敷居の高い邦楽を跨ぎやすくし、結果的に伝統芸能の普及に繋がる大事な事業のひとつに繋がっていると思いますね。
礼儀作法やつながりを深める学びの場
―子どもたちが伝統芸能に触れるイベントに参加することで、どのようなことを学べるのでしょうか?
加藤:伝統芸能に触れることで、正しい言葉遣いや礼儀作法が学べると思います。
伝統芸能の良さは、子どもから高齢者まで年齢に関係なく幅広い世代で関わることができる点です。
たとえば、踊りをやっていた人が歳を重ねて表舞台から引退したとしても、若い世代の子どもたちに着付けを教えることができるなど、世代の垣根を越えたつながりを深めることができます。
大人と話す機会が多い子どもは、言葉遣いがとてもきれいです。
もちろん、子ども同士で話しているときは若者言葉を使っているのかもしれませんが、目上の人たちと話すときは“きちんとした言葉遣いをしなければいけない”という意識ができているのでしょう。
また、着物の着方や日本人としての美しい所作・立ち振る舞いなども学ぶことができます。
そのほかにも、伝統芸能をやっていると表舞台に立つことが多く、地域の商店街の人や近所の人たちに顔を覚えてもらう機会が増えるため、子どもがいたずらや悪さをしなくなります。
私も幼いころから祭囃子(まつりばやし)をやっていたので、人に見られていることを意識して行動していました。
悪いことをすればすぐにバレちゃいますからね。
人に見られることが増える分、周りに気を配れる子どもに育つのではないかと思います。
新しいことを取り入れながら伝統芸能を守る
―今後の展望や新たに挑戦したいことなどあればお聞かせください。
加藤:「神楽」は、地元のお祭りなどで披露されることが多いですが、オンライン配信ができる時代になったので、これからはオンラインツールも活用していきたいです。
ただ、普通に「神楽」を配信したとしてもおもしろくありません。
さまざまな角度から「神楽」を知ってもらうために、お面のなかから見える景色や演者目線の動画を配信するなどの工夫も必要になるでしょう。
昔からの伝統を守ることは大切ですが、時代に合わせたツールを取り入れながら時代に合った普及活動をおこなうことも重要だと考えています。
たとえば、“50年変わらぬ味”と謳っているラーメン屋さんでも、絶対に50年前の味と現在の味は同じではないと思うんです。
「変わったことを、変わっていないように見せる」ことも大事なのかなと思いますね。
伝統芸能に触れることで子どもの成長に繋げる
―最後に、読者にむけてメッセージをお願いします。
加藤:日本の伝統芸能に触れることで、着物の着方や立ち振る舞い、言葉遣いなどを学ぶことができます。
近年は英語学習が大切だと言われていますが、まずは「自分の国の言葉を正しく使えること」が重要なのではないでしょうか。
もちろん英語学習も大切だと思いますが、きれいな言葉遣いができる子どもはそれだけで信用にも繋がります。
目上の人に対してどのような口の利き方をするのか、それを見るだけで子どもの印象は変わるものです。
「神楽」をはじめとした伝統芸能に触れることで、ぜひ、子どもの成長に役立つさまざまな礼儀作法などを身につけてみるのはいかがでしょうか。
―本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました!
■取材協力:特定非営利活動法人 里神楽・神代神楽研究会