人形劇というと、「小さな子どもが観るもの」と思われる方がいるかもしれません。
しかし本当は、年齢を問わず誰もが感動できるもの。
NPO法人「舞台アート工房・劇列車」は、“あらゆる子どもに劇を!文化を!”をテーマに、子どもたちをはじめ、多くの方々に人形劇を届けています。
特に、経済的貧困やDV・外国にルーツをもつなどの、さまざまな困難を抱えた子どもたちに焦点を当てているところが、大きなポイントです。
今回は、「舞台アート工房・劇列車」の代表理事を務める釜堀 茂(かまほり しげる)さんに、活動内容や取り組みについてお話を伺いました。
子どもたちとの思い出づくりや、本格的な人形劇に興味のある保護者の方は、ぜひご一読ください。
演劇の原動力は子どもたちの喜ぶ姿!
ー本日はよろしくお願いします。まずは、「舞台アート工房・劇列車」の設立経緯や、活動内容を教えてください。
釜堀 茂さん(以下、釜堀):「舞台アート工房・劇列車」は、“どんな子どもにも劇を!文化を!”をテーマとして、2003年に立ち上げた児童演劇集団です。
当団体の設立以前、私は福岡県の高校の演劇部顧問をしていました。
高校演劇は、定期的に大会が開催されるのですが、大会に出場すれば、学校ごとに優劣をつけられてしまいます。
私は演劇指導をするたびに、「誰かを楽しませるのではなく、大会で入賞することが大事なのか」と、高校演劇に対して失望の気持ちが強くなっていったのです。
そんなとき、久留米市内にある小学校の校長先生から、「劇を子どもたちに見せてほしい」と依頼を受け、私たちの演劇部は、宮沢賢治の“注文の多い料理店”を上演しました。
演劇を見た子どもたちは、たいへん喜んでくれました。
その際、私は、子どもたちの楽しそうな姿を見て、大きな充実感を感じたんです。
「大会で勝ち負けを決める」のではなく、「人に喜びを届ける」…それが、演劇の本来の姿だと思ったんですよ。
そこで、演劇をとおして、子どもたちをはじめ多くの方を笑顔にするため、今の 「舞台アート工房・劇列車」を立ち上げたのです。
主な活動としては、福岡県エリア(大分県と佐賀県の一部含む)のあちこちに劇を届ける“巡回公演”をおこなっています。
たとえば、小学校や幼稚園、保育園や学童保育所など、子どもが集まるさまざまな場所に赴きます。
大型ワゴン車に劇で使用する機材一式を載せて、オファーをいただいたところに向かい、人形劇の公演を開催しているんですよ。
ー巡回公演以外には、どのような活動をおこなっているのですか?
釜堀:巡回公演以外だと、子どもたちを対象としたワークショップなどもおこなっています。
しかし、子どもたちはどうしてもお互いに接触してしまうので、コロナ禍では、子どもたち同士のワークショップが難しい状況ですね。
そのため今は、主に親子対象のワークショップをおこなっています。
種類は大きく分けて2つあります。
1つめは、人形を工作してかんたんな人形劇遊びをおこなう「親子であそぶ人形劇がっこう」。
2つめは、人形劇を実際に見てもらってから人形を工作し、それから劇あそびをする「人形劇であそぼ!」です。
参加者自身で人形をつくり、家に持ち帰ってからも遊んでもらうことをねらいとしているんですよ。
困難を抱える子どもたちに送る「パペットシアターPROJECT」
ー昨年度より実施されている「パペットシアターPROJECT」は、どのような取り組みなのでしょうか?
釜堀:「パペットシアターPROJECT」は、経済的な貧困など、さまざまな困難を抱えた子どもたちに対して、無償で人形劇を提供する観劇支援です。
基本的に私たちは、人形劇の巡回公演をメインとしながら、自分たちで劇場を借りてお客さんに来ていただく、いわゆる“手打ち公演”をおこなっています。
しかし、なにかしらの困難を抱えた子どもたちは、そもそも劇場に足を運んでこないんですよね。
そこで昨年度から、さまざま困難を抱えた子どもたちのために、「パペットシアターPROJECT」をはじめました。
活動の具体例としては、久留米市内の小学校には、外国籍や外国にルーツを持つ、日本語の読み書きの習得が十分でない子どもたちを対象とした、“ワールド学級”を併設している学校があります。
今年の3月には、そのワールド学級の児童と保護者に向けて人形劇を開催したのですが、とても喜んでいただけました。
ただ、
「パペットシアターPROJECT」に取り組む上で一番難しいところは、お客さんから入場料をいただくことができないというところなんですよ。
当団体は非営利団体ではありますが、収入を得られないと、活動の持続が難しくなってしまいます。
この活動は、支援や助成金があってはじめて成り立つものなのです。
しかし、経済的な困難のあるどもたちに対する文化的な支援に助成金を出してもらうというのは、 これまでにあまり前例がないせいか、 なかなか難しいんですね。
そのようななか、ありがたいことに、筑後川関係地域の市民個人・団体を支援する一般財団法人 筑後川コミュニティ財団が、「子ども若者応援助成金」として助成金を出してくださり、「パペットシアターPROJECT」を実現できたのです。
親子で楽しめるワークショップ!大人向けの催しも実施
ー「舞台アート工房・劇列車」で開催予定のワークショップや公演、イベントなどについて教えてください。
釜堀: まずワークショップとしては、11月7日に、筑紫野市文化会館で、「親子であそぶ人形劇がっこうINちくしの」 という親子向けのイベントを開催予定です。
12月5日には、久留米市の石橋文化センター共同ホールの研修室で、「親子であそぶ人形劇がっこうINちくしの」とほぼ同じ内容の「親子であそぶ人形劇がっこうINくるめ」を実施します。
また、人形劇に興味のある大人向けの催しとして、9月25日から10月10日にわたり、石橋文化センターなどで「市民人形劇学校~実践編」を開催するので、こちらもご注目くださいね。
大人向けといっても、中学生以上ならどなたでも参加が可能なので、関心がある方はぜひご参加ください。
人形劇の予定としては、来年の3月6日に、「春のおやこ人形劇場」を久留米シティプラザという劇場で開催します。
人形劇がコミュニケーションのきっかけに
ー今後、どのような活動をしていきたいですか?
釜堀:
当団体が目指しているものは、2つあります。
1つめは、「良質な人形劇作品を生み出すこと」です。
そして2つめは、「自分たちが生み出した良質な作品を、あらゆる子どもたちに届けること」。
子どもたちに劇を届けることを、私たちは“文化運動”といっています。
かなり長期的なビジョンになりますが、私たちはその文化運動の拡大、発展を図っていきたいと考えてますね。
また、これから、当団体が重点的にエネルギーを注ぐべきだと考えているのは、先ほどご紹介した「パペットシアタ ーPROJECT」です。
外国籍の子どもや障害を抱えた子どもなど、マイノリティであるがゆえ、生きることに困難を感じている子どもたちは、新型コロナウイルスの影響で問題が表に出にくくなり、ますます孤立しがちになってきているんですよ。
先ほど申し上げたワールド学級では、担任の先生が、なかなか連絡が取れなかったご家庭に、「楽しい人形劇があるから来ませんか?」と声をかけることで、反応が得られたという出来事がありました。
人形劇が、コミュニケーションのきっかけになることができたんですね。
このように、人と人を繋ぐ「パペットシアターPROJECT」は、困難を持つ子どもたちを孤立させないという点でも、文化的な支援以上の意味があるんです。
この活動をなんとか持続、拡大していきたいと思っていますが、なかなか周囲のご理解をいただくことが難しい分野でもあるんですよね。
だから、それだけ注力していかなければ持続は難しいとも感じています。
ー一般の方が個人で支援したい場合は、どのような方法がありますか?
釜堀:当団体では、“サポーター会員制度”を導入しています。
特に “コアサポーター会員”になると、希望者は、年次総会に参加することができ、ボランティアとしても活動していただけます。
ボランティアの内容としては、地方公演のなどの受付や舞台設営、舞台の解体の補助などをお願いしているので、興味がある方は、ぜひご検討いただけると嬉しいですね。
「パペットシアターPROJECT」については、現在いろいろな団体に助成申請をしていますが、もしうまくいかない場合は、独自に寄付を募る予定です。
そのときは、今年の秋に、公式ホームページにて寄付募集の旨を伝えるページをアップすると思うので、この企画に賛同していただける方々にご協力をいただければ、ありがたい限りです。
ー最後に読者の方に向けてメッセージをお願いします。
釜堀:今の世の中、多忙のため、お子さんとのコミュニケーションが少なくなっている保護者の方も多いのではないでしょうか。
そんなふうに感じている方は、私たちのワークショップに気軽に参加していただき、お子さんと楽しい時間を過ごしてほしいですね。
そして、家庭での共通の話題づくりに使っていただきたいのです。
また、人形劇というと、どうしても「小さな子ども向けのもの」だと誤解されがちです。
しかし、私たちの人形劇は、どの年代でも楽しめるものになっているんですよ。
小さなお子さんはもちろん、「人形劇はもう卒業した」という中学生や高校生の方にも観てもらいたいですね。
十分見応えがあるので、きっと小さな子どもから大人までが、楽しく興味深い時間を過ごせると思います。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:NPO法人 舞台アート工房・劇列車