世界には経済の発展によって豊かになる人々が増える一方で、経済格差が広がり、貧困に苦しむ人々も多くいます。
フィリピンでは、路上で生活をしている子どもたちが約25万人以上もいるのが現状です。
十分な教育を受けることができず、職を得るためのスキルも身につけられないため、路上生活から抜け出せない負の連鎖が起こっています。
特定非営利活動法人「アイキャン」は、そんな現状を少しでも変えようと、危機的状況にある子どもたちの生活改善に取り組んでいる団体です。
今回は、特定非営利活動法人「アイキャン」の西坂 幸(にしざか みゆき)さんに、海外と国内での具体的な活動内容や今後の展望について詳しくお話を伺いました。
自分たちにできることを増やしていく活動をする「アイキャン」
―本日はよろしくお願いいたします。まずは、設立のきっかけや「アイキャン」という名前の由来について教えてください。
西坂 幸さん(以下、西坂):設立のきっかけは、一人の会社員がフィリピンを訪れた際に、スラムの厳しい現状や働かずには暮らしていけない子どもたちの様子を目の当たりにしたことです。
その後、“自分にも何かできることがあるはず”と、友人達と集めた5万円で「アイキャン」の活動をスタートしました。
英語で「I can」とは、“自分はできる”という意味です。
そこから、“自分たちのできることをしていこう”という意味も込めて、「アイキャン」と名付けた経緯があります。
―どのような目的で活動をされているのでしょうか?
西坂:アイキャンは、「子どもの権利条約」に準拠し、子どもたちが適切に保護され、自立へ向けて成長できる社会を実現するための活動を実施しています。
そのために、一人ひとりができることを持ち寄り一丸となって、子どもの能力向上や地域の環境改善を目指しています。
海外と国内の両方で活動をおこなっており、海外では「貧困削減」「平和構築」「緊急救援」などを目的に、フィリピンとジブチで活動。
国内での活動については、「できることを増やしていく」を目的に、一般市民の方々の能力向上やボランティア活動をメインにおこなっています。
貧困の連鎖を断ち切るための海外活動
―海外での活動について、お聞かせいただけますでしょうか。
西坂:アイキャンが実施している様々な活動のなかで、本日はフィリピンの路上の子どもたちについてお話できればと思います。
まず、背景としてお伝えしたいのが、フィリピンには「25万人の路上の子どもたちがいる」と言われていますが、その数は推定であり、長年統計としては変わっていないということです。
その理由は、子どもの出生登録がされていないため。
つまり、政府の統計には表れない、社会から見えない存在になってしまっているということです。
子どもたちが路上へ押し出されていく共通の理由に、「家庭の貧困」があります。この家族の生活の厳しさが精神的プレッシャーとなり、家族関係を崩壊させ、家族の離散や家庭内暴力、育児放棄へとつながります。
子どもたちは生き延びるために路上へと飛び出しますが、その多くは出生登録がされておらず、本来ならば享受すべき社会保障を受けることができません。
子どもたちは国や地域、家庭の福祉に守られることなく、危険と隣り合わせの路上で生きていかなければならないのです。
そのような貧困の連鎖を断ち切るために、「アイキャン」は活動をおこなっています。
―具体的にはどのような活動をおこなっているのでしょうか。
西坂:路上の子どもたちが多いマニラ首都圏において、大きく分けて「路上教育」「子どもの家」「カリエカフェ」の3つの活動をおこなっています。
マニラ首都圏では、高層ビルが立ち並ぶ一方で経済格差が広がっており、少し離れた地区ではトタン屋根がつぎはぎされたような家で暮らしている人々が多くいるのが現状。
そんなマニラ地区の路上の子どもたちの多くは、学校に通いたくても家族の手伝いや、路上での仕事をするために学校に通うことができず、「教育を受ける権利」を享受することができていません。
アイキャンでは、子どもたちが生きていくうえで必要となる知識を身に着けるため、路上教育をおこなっています。
具体的には、読み書きの教育や、道徳的な教育。
同時に、これからの人生を考えていくようなキャリア教育や衛生教育も重要です。
路上の子どもたちのなかには、生まれてから一度も「ちゃんと手を洗ったことがない」「歯を磨いたことがない」といった子どももたくさんいます。
路上教育の活動は、地道ですぐに成果が出るわけではありません。ですが、とても大切な活動のひとつです。
路上から抜け出すためには、子どもたち自身が「路上から抜け出したい」とか、「人生を変えたい」など、夢や希望を持つことが大切です。路上教育は、子どもたち自身の生き方を変えていくための活動でもあります。
また、路上教育ではスタッフが教えるだけでなく、元路上の子どもたちが自分の経験を語ったり、共有したりする場を設けています。
同じような立場にあった子どもたち同士で教えあったり伝えあったりするのは、とても影響が大きいためです。
―「子どもの家」とはどのような活動でしょうか?
西坂:危険あふれる路上での生活では、子どもたちを守る社会保障が機能していません。「子どもの家」は、身よりのない路上の子どもたちの「守られる権利」を保証する児童養護施設のような役割です。
具体的には、子どもの衣食住を満たすとともに、学校に通うための通学や医療の補助を全額おこなっています。
「子どもの家」は、寮母さんや寮父さんがいるので、子どもがしっかりと愛情を受けながら安心して生活できる場所です。
現在は18名の子どもが暮らしているのですが、むやみやたらにこの人数を増やそうとは考えていません。
それは、もし子どもが家庭でさまざまな問題を抱えていたり、暴力を受けていたりしても、親や家族のことが大好きな子どもがたくさんいるからです。
そのため、私たちの活動では何とか子どもたちが家族と一緒に暮らしたり、和解できたりするようにという部分にも力を入れています。
そのほかにも、子どもたちが将来の夢や目標に向かってしっかりと自立していけるように、ソーシャルワーカーによるカウンセリング、自立訓練など、社会に出ていけるための訓練も実施しています。
―「カリエカフェ」の活動は、どのようなことを目的にしているのでしょうか?
西坂:フィリピンでは、経済成長が著しい一方で、なかなか職に就くことができない貧しい人々が多くいます。
貧しい人々が仕事を得ることができない大きな原因が、路上生活をしているから“仕事に就くための知識や技術などを身につける機会がない”ということ。
そこで、子どもたちが「参加する権利」を行使できる場を増やすために、子どもたちに知識や技術を習得してもらおうと始めたのが「カリエカフェ」。
「カリエカフェ」は、もともと路上生活をしていた青少年による協同組合で、「カリエ」とは現地語で「路上」を意味します。
カフェでは子どもたちに技術訓練や収入の機会を与えることで、危険が溢れる路上生活を脱して、安全で安定したな収入を得てもらという目的があります。
それだけでなく、路上の子どもの課題を社会に対して啓発するという目的、そして、売り上げの一部を路上の子どもたちの活動に還元し、課題を解決していくという目的も掲げています。
また、働きながら得た知識や技術を、路上で生活している子どもたちにトレーニングする場所として機能していくことも目標のひとつです。
―「カリエカフェ」の活動は具体的にどのようなことをおこなっているのでしょうか?
西坂:2010年から活動を開始して、当初はパン屋を併設したカフェを開店するということを目的に、路上生活をしていた子どもたちにパン作りや営業、マーケティングといった研修を何回もおこないながらやってきました。
そして、2015年にパン屋を無事にオープンすることができたのです。
ただ、運営は決して順調ではなく、突然立ち退きを言い渡されたり、移動した先では家賃が高すぎたりと、さまざまな苦労をしています。
また、現在では新型コロナウイルスの影響によるロックダウンで、店舗を維持し家賃を払いながらカフェを運営することが難しい状況です。
そのため、カリエカフェのメンバーと話し合い、いまはオンラインというかたちに切り替えようと、新たな挑戦をしています。
具体的には、バナナチップスやドライマンゴーといったフィリピンで人気の商品を作ろうと研修を重ねている最中です。
これら3つの活動は、路上の子どもたちを生み出さない社会に向けて実施している、繋がりを持った活動です。
子どもたちの権利を守ることに加えて、与える、守るだけではなく、将来的にアイキャンがいなくなっても自立していけるようになることを目指して、「ともに」活動しています。
自分で考えて行動する人を増やすための国内活動
―続いては、日本国内での活動について教えてください。
西坂:世界で多くの課題が発生している一方で、日本では、地球規模の課題に関する情報や社会のなかで弱い立場に置かれた人びとの「こえ」に触れる機会は限られています。
アイキャンでは、さまざまな活動を通して、地球規模の課題を知り、「自分ごと」として捉え、解決に向けてともに能力を向上させていく機会を作っています。
そのひとつとして、国際理解教育の一環で、さまざまな場所で講演を実施しています。
講演を通して、現場の声や現地の子どもたちの声を代弁することで、課題を知ってもらうだけでなく、「自分にできること」を考える機会を提供しています。
また、現地の様子を実際に体感するスタディツアーや、フェアトレード商品の販売もおこなっています。
国内の活動では、“自分で考えて行動する人を増やす”ために、まずは日本にいながら自分ができることを知ってもらうのが目的です。
―講演には、どのような方が参加しているのでしょうか?
西坂:講演の場合、高校や大学の先生から依頼をいただくことが多いです。
クラス単位で講演会をさせていただくこともありますし、企業の方から依頼をいただくこともあります。
活動をひとつのきっかけとして学ぶ
―活動に興味を持った場合、どのような形で活動に参加することが可能でしょうか?
西坂:ひとつはスタディツアーへの参加です。
実際に現地に行って、子どもたちと交流をしたり、現地スタッフから直接話を聞いたりすることで、様々なことを学び、気づき、感じていただくことができます。
もし、現地まで行くのはハードルが高いと感じてしまう方は、ボランティアとして活動にご参加いただくことも可能です。
「アイキャン」では定期的に物品や切手などの寄付をいただいているので、ボランティアの方には、それらをお金に換金するための仕分けやカウントのお手伝いをおこなっていただきます。
フェアトレード商品を販売するイベントの出店ボランティアとしても多くのボランティアの方々に関わって頂いています。
また、街頭募金活動に参加いただくのもひとつの手段です。
私たちの活動は、こうして支えて下さる皆様のお力によって成り立っています。ボランティアに参加すること、あるいは、私たちの活動で販売しているフェアトレード商品を、イベントやオンラインなどで購入していただくことも「できること」のひとつではないでしょうか。
―活動を通じてどういうことが学べますか?
西坂:私たちは、厳しい状況にある子どもたちが、「かわいそう」ということを伝えたいわけではありません。
過酷な生活をして、差別や偏見など様々なものを背負いながらも、子どもたちは頑張っています。
そんな子どもたちを見ていると、「私たちはもっとできることがあるんじゃないか」と思います。そういう想いを皆さんにも感じていただければと思っています。
もちろん、海外との繋がりや、世界で今起きていることを知ってもらうことも大事なことではあるのですが、”知って終わり“だけでは残念ながら社会を変えることはできません。
たとえば、世界には勉強したくてもできない子どもがいることに対して、「自分は勉強できる環境にいるのだから頑張ろう」など、些細なことでも構いません。
どんな小さなことでもいいので、自分にできることのきっかけとして何かを感じてもらいたいです。
人々のためにではなく、人々とともに
―今後の展望についてお聞かせください。
西坂:「アイキャン」の活動方針として、“人々とともに”という言葉を掲げており、今後もこの言葉を大事にしたいと考えています。
現地の子どもたち、そして周囲の大人たちのできることを増やしたり持ち寄ってもらうだけでなく、日本の私たちのできることも増やし、持ち寄ることで、ともに平和な社会を作っていきたいと思います。
そして、子どもを含めた現地の人々の声をよく聞き、ともに考えることで、本当に必要なことは何かを確認し、求められていることを実現すること。
そして、子どもの権利が守られている社会の形成へ向け、主体的に考え、行動できる人々が繋がる場をつくること。それが、アイキャンの果たしていく役割です。
―最後に、この記事を読んでいる方に向けてメッセージをお願いします。
西坂:貧困などの社会課題は、さまざまな問題が複雑に絡み合っていて、一筋縄で解決できるものではありません。
そして、社会環境を変えていくのは権力者や少数のお金持ちなどの一部の人間ではないと思います。
国でも環境でもなく、私たち自身の行動や選択、毎日の生活が社会を、子どもたちの未来を作っているということをぜひ多くの方にも実感してほしいです。
一人ひとりの「できること」は小さくても、集まることで社会を変える大きな力になります。
その第一歩として、ぜひアイキャンの講演やボランティア、スタディツアーなどをご活用いただき、「ともに」活動できればと思います。
「社会はみんなの力でできている」、この言葉を最後のメッセージとしてお伝えしたいと思います。
―本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:特定非営利活動法人アイキャン