聞こえない、聞こえにくい子どもたちや、その保護者の方は、コミュニケーションなどの問題から孤立しがちです。
同じ障害がある人や、障害について理解のある人に出会う機会が極端に少ないことがひとつの要因として考えられます。
そのような環境に問題意識を持ち、聴覚障害者に特化した支援サービスを提供しているのがNPO法人「Silent Voice(サイレントボイス)」です。
今回は、全国のろう児・難聴児を対象としたオンライン教育事業「サークルオー」を運営している、Silent Voiceの井戸上 勝一さんにお話を伺いました。
子どもたちが自分らしくいれる第三の居場所を作りたい、と日々奮闘する活動内容を、ぜひご覧ください。
聴覚障害者の未来を変える「Silent Voice」の取り組みとは
ー本日はよろしくお願いします。まずNPO法人「Silent Voice(サイレントボイス)」の活動内容を教えてください。
井戸上 勝一さん(以下、井戸上):はい。まずは当グループの全体像からお話しさせてください。サイレントボイスグループには、株式会社とNPO法人のふたつがあります。
株式会社 Silent Voice(サイレントボイス)では、聴覚障害者の「働く」に関する事業をおこなっています。
実は、私の両親は耳が聞こえません。
私自身、幼少期から日本語と手話のある環境で育つなかで、両親の「働く」について見てきました。
そして、情報が入らないことでコミュニケーションにズレが生じてしまう場面を見てきました。
それだけで「考える力がない」と思われてしまったり、能力に関わらず単純作業の仕事に限定されてしまったりする、ある意味本人の頑張りたいという意志があっても活躍できる環境が用意されてないことがあります。
株式会社 Silent Voiceでは、耳が聞こえない人たちの活躍を目的に、ダイバーシティ研修やコンサルティング事業をおこなっています。
一方、NPO法人 Silent Voice(サイレントボイス)で取り組んでいるのは、ろう児・難聴児の教育事業です。
事業のひとつとして、大阪市内で「デフアカデミー」という、放課後等デイサービスを運営しています。
デフアカデミーを立ち上げたのは、今から3年前のことです。
障害のある子どもたちが放課後に通う場所として機能する放課後等デイサービスは、全国に約1万4,000か所程度あります。
しかし、全国的に見ても、聞こえない子ども向けの放課後の居場所はその当時ありませんでした。
設立とともに、各地から「利用したい」という声を多くいただき、現在の登録者は、約100人にのぼります。
デフアカデミーの教室には、手話ができる先生のもと、子どもたちのハツラツとした笑顔があふれていますよ。
また、NPO法人 Silent Voiceでは、教室事業だけでなく、全国を対象に「サークルオー」というオンラインを活用した教育事業も運営しています。私はこの「サークルオー」の事業責任者をしています。
サークルオーでは、手話のできる先生と全国のろう児・難聴児をマッチングするプラットフォームを提供しています。
子どものコミュニケーション手段や性格、学びたいことなどにあわせて先生をマッチングし、ZOOMなどのビデオチャットを使って週2回程度のオンライン授業を受けることが可能です。
今は聞こえる先生と聞こえない先生が半数ずつ登録してくれていますね。
手話はもちろん、写真や映像などの視覚的教材を通して、子どもの“わかる”という体験を作っていく授業を展開しています。
ーすでにオフラインの教室を展開しているなかで、オンライン事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
井戸上:当時は、デフアカデミーに通うことができない子どもたちが多くいたんです。
「ろう児・難聴児の割合は1000人に1人」といわれています。
人口の多い都市部以外の地域では、支援環境が発達しにくく、その地域に住む子どもたちの放課後の居場所が確保されていませんでした。
「聞こえる子どもたちのなかにひとりだけ聞こえず、先生も手話ができないためコミュニケーションを取れずいつも教室の隅にいる。」
これは、私が発達障害の子どもを支援する前職で、地域の教室を回っているときに実際に見てきた光景です。
身近に安心できる支援環境があること、それは子どもたちにも保護者にとっても必要でした。
私たちも各地域に教室を作ることを考えましたが、子どもたちは点在しているため人が集まりにくく、事業継続の観点から教室型を広げる難しさを感じて増やせないでいたんですね。
そして、必要としている子どもたちに支援の輪を届けることができない状況がありました。
そこで辿りついたのがオンライン事業です。
「オンラインのサービスなら、今まで教室に来れなかった子どもたちにも、手話で学び、友だちと会う機会をつくれるのではないか?」と考え、一部の人には実施していました。
ちょうどそのとき、コロナ禍がやってきたんです。
今まで口元を見ていたろう児・難聴児はコミュニケーションの面で難しさを感じることになりました。
なかには、マスクで話しかけられてることすら気づけず「何無視してんねん」と肩を掴まれる子どももいたんです。
また、両親が手話ができない家庭も珍しくないため、家庭内でのコミュニケーションの難しさが顕著になり、学校でも家庭でも孤立してしまった子どもたちもいました。
緊急度の高さと、そこをなんとかしたいという想いが、本格的にオンライン事業に踏み切るきっかけになりましたね。
ーオンラインだったらさまざまなアプローチが可能になりますよね。
井戸上:はい。聞こえない子どもに特化したオンライン授業なら、先生方は手話などの視覚にアプローチして伝えることができるので、課題が解決できるのではと思いました。
また、オンラインなので、住んでいる地域に支援環境がなかった子どもたちや、保護者の仕事の都合で利用できなかった子どもたちも利用が可能になりました。
実際に約1年間継続してみて、子どもたちとの間にあった「距離の壁」は壊せたと思っています。
サークルオーは、子どもたちにとって、手話で会話をしたり、人と繋がったりする安心できる居場所のひとつであり続けたいと思います。
孤立する全国のろう児・難聴児にコミュニケーションと学びの場を提供
ー「Silent Voice」が提供するサービスをどのように活用してもらいたいですか?
井戸上:私が担当しているサークルオーのオンライン事業でお話すると、まずは「人と繋がる機会をつくってほしい」と願っています。
先ほども、ろう児・難聴児の割合は1000人に1人と申し上げましたが、地域によっては同じ境遇の友だちや、大人と出会うことがない子どももいます。
オンラインを通して、「自分以外に聞こえない人がいることを初めて知った」といった子どもとも出会いました。
保護者の方も、自分の子どもが将来どんな働き方をするのか、どんな職業につくのか、疑問や不安を抱えている方も少なくありません。
ろう児・難聴児にとって、人との出会いは世界を広げる機会です。
サークルオーには、弁護士、元日本代表のアスリート、現役の東大生など、さまざまなジャンルで活躍する聞こえない先生が在籍しています。
そのため、サークルオーは「ロールモデルとの出会いの場」をつくる機会にもなっていると感じます。
ーそれぞれが離れた場所にいながらも、今日あったことを話せたり、ときには不安を吐き出せたりする機会を持てるのは、オンラインだからできることですよね。
井戸上:おっしゃるとおりだと思います。子ども向けのオンライン教育はどんどん発展していく一方で、聞こえない子ども向けの教育環境は、数十年の間ほぼ手つかずの状態でした。
インターネットなどのテクノロジーは発展しているのに、ろう児・難聴児の情報保障があるオンラインサービスはほとんどなかったんです。
だから、これまでは「リアルに会うことできる子どもたち」以外は繋がれませんでした。
サークルオーを初めて体験してみて、「手話で話ができる」というだけで涙を流す子どもや、「今まで聞こえない人は自分だけだと思っていた」と話す子どもも実際にいたんですよ。
それぞれの地域にない出会いが、サークルオーにはあると思っています。
ー「サークルオー」に興味をもった方が参加できるような、イベントの開催予定はありますか?
井戸上:滋賀大学教育学部のゼミ生とのコラボレーション企画で、コロナ禍でも家庭で参加できる「科学実験のワークショップをやろう」というオンラインイベントを検討中です。
まだ日程は決まっていませんが、7~8月を目処に開催を予定しています。
ご家庭に実験キットが届き、お家からオンラインで参加して実験キットを進めていくようなワークショップ。
例えば、夏祭りで使う金魚すくいのポイに柿渋を塗るとどうなるのか?というワークショップがあるのですが、「どうなるんだろう?」と結果を予想してみたり、「この効果はどんな場面で使えるかな?」と科学をテーマに自分で考えてみたりする機会を作ります。
手話や文字による情報保障があるので、聞こえない子どもと、聞こえる子どもが一緒に楽しめるワークショップだと感じています。
また、聞こえない子どもたちは、コミュニケーションのなかで、決定事項だけを知らされる経験が少なくありません。
これは、情報が入らないことで議論のプロセスに関わる機会が少ないことが影響しています。
だからこそ、ワークショップなどを通して、自分で考えて試してみるという経験を子どもたちに増やしていきたいと思っています。
ーなるほど。聞こえない子どもたちにとって、ディスカッションは貴重な体験になりそうですね。それにオンラインでやる実験は、一体感があってとても面白そうです!
井戸上:そうですね。サークルオーを利用する保護者の方から「子どもがプログラミング教室に通いたいといってるけど、先生や、友だちとのコミュニケーションが不安で通えなかった」というお話も伺ったことがあります。
子どもたちが興味関心を伸ばす環境があっても、選べない状況があることを実感しました。
このイベントなら、学校の勉強とはまた違う、学びの入り口を作れるのではないかと期待しています。
そのうえ、「科学」というテーマは、視覚、嗅覚、感触など、五感を使い体験してもらえるコミュニケーションツールにもなるので、楽しみながら学ぶ機会にして欲しいです。
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コロナ禍の課題を解決するクラウドファンディングを実施中
ー貴団体ではクラウドファンディングも実施されていますね。詳しい内容や、具体的に必要な支援について教えてください。
井戸上:はい。私たちは、大阪府に住む、ろう児・難聴児に対して「オンライン型」と「出張型」の教室を提供したいと考え、クラウドファンディングを実施しています。
「家にいながら人と繋がれる機会」と「リアルに集まって活動をする場」のふたつの要素を交えた取り組みを7月から始める予定です。
それが大阪府主催の「NPO等活動支援によるコロナ禍における社会課題解決事業」として採択され、今回のクラウドファンディング実施に至りました。
まずプロジェクトを実現するために「寄付をいただくこと」はもちろん重要です。
しかし、それと同時に、コロナ禍で聞こえない子どもたちが、どのような状況に置かれているのかを多くの人に知ってもらいたいと思っています。
出会ったこともない、知らないことに想像力は働きません。
課題を認知されることは、子どもたちの過ごす環境に大きな意味があると考えています。
サークルオーを通して「いまだない出会い」と繋がりを
ー今後はどのような活動をしていきたいと考えていますか?
井戸上:まずはオンライン環境を駆使して、ろう児・難聴児の教育を届けるための、しっかりとしたネットワークづくりに注力したいと思っています。
現状では11都道府県、41名の子どもたちと繋がることができています。
しかし、まだ「一部のご家庭にしか繋がれていない」という感覚があるのも事実です。
だからこそ、多くの人に「サークルオーという場所があること」を知って頂き、実際に使ってみて「出会いや学び」があることを感じてほしいですね。
学校生活のなかでは、友だちとのコミュニケーションについていけなかったり、授業で先生の口元を必死に見てもわからないという経験をすることがあります。
オンラインでも、手話や視覚的な情報を通してコミュニケーションができるだけで、子どもたちの安心感や、“わかる体験”を少しでも作っていくことはできます。
聞こえない子どもの支援環境を短期間で変えていくことは難しいですが、「サークルオーなら安心してコミュニケーションができる第三の居場所」と感じてもらえるサービスにまずはしたいです。
ー最後に、読者へ向けてメッセージをお願いします!
井戸上:まずは、サークルオーを通じて「いまだない出会い」を体験していただきたいです。
ろう学校だと“1学年の人数が5人程度”です。
保護者も含めて、同じ境遇の人と出会う機会がないなか、「全国にはいろいろな友だちや先輩がいるんだよ」と、子どもたちや保護者の方々に伝わるといいなと願っています。
そして、自分のことを分かってくれることで安心できたり、何か新しいことにチャレンジできたりするきっかけが、サークルオーにはたくさんあることを知ってほしいです。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました!
■取材協力:NPO法人 Silent Voice