北海道北部に広がる日本三大湿原のひとつ、サロベツ湿原をご存じでしょうか。
その美しい自然を守るため、地域の抱えるさまざまな課題に取り組む NPO法人「サロベツ・エコ・ネットワーク」です。
地域全体の自然環境の保護や、環境教育活動をおこなっている同団体では、活動を通して「自然と共生できる人」を育てることでサロベツの豊かな大地と、豊かな地域づくりの永続を目指しています。
今回は、そんな自然と地域を愛するNPO法人「サロベツ・エコ・ネットワーク」地域環境教育部係長・事務局次長の吉原 努さんにお話を伺いました。
活動への想いはもちろん、豊かで美しいサロベツの魅力をたっぷりご紹介します。
サロベツの美しい自然を次世代に引き継ぐ団体「サロベツ・エコ・ネットワーク」
ー本日はよろしくお願いいたします。まず、「サロベツ・エコ・ネットワーク」はどのような活動をしている団体なのでしょうか。
吉原 努さん(以下、吉原):NPO法人「サロベツ・エコ・ネットワーク」は、サロベツの豊かで美しい自然環境を次世代に引き継ぐことを目的とした活動をしています。
活動内容は多岐にわたるのですが、基本的には「環境教育の活動」「環境保全」「地域の活動」の3つの柱を軸にして活動展開している団体です。
まず1つめの環境教育の活動としては「なまら!!サロベツ∞クラブ」という子ども向けの環境教育プログラムを通年で実施しています。
そして2つめの環境保全の活動としては、野鳥の調査やサロベツ湿原、国立公園に生息する外来植物の除去。
3つめの地域の活動としては、地域の方々と一緒に海岸清掃やサロベツ川・ペンケ沼の清掃をしたり、ミズナラ林を復活させる砂丘林再生の活動をしたりしています。
ー「サロベツ・エコ・ネットワーク」の設立に至るまでの経緯を教えていただけますか。
吉原:当時、地域の方々と行政、研究者が一緒になって「上サロベツ自然再生協議会」を立ち上げたんですよ。
そして同じ年にサロベツ湿地が、湿地の保存に関する国際条約「ラムサール条約」に登録されました。
この条約は、水鳥の生息地として湿地の生態系を守る目的があります。
その流れを受けて、「私たちも何かしなくては。」と強く思い、2004年に地域の有志の方々と一緒に設立しました。
さらに、2011年にはサロベツ湿原センターという活動の拠点となる施設がオープンし、地域に根ざした活動を続けています。
ー豊かな自然が減った今、たくさんの生き物が生息するには、人間が自然を守らなければいけない状況なんですね。
吉原:そういうことになります。戦後の開拓や農地開発が原因で、湿原の乾燥化などの問題が発生しています。
このまま問題を放置していれば、野鳥がたくさん来る貴重な沼が消失してしまうかもしれません。
ゴミの清掃活動を通して子どもたちに環境問題を伝える
ー主な活動内容である、国立公園内の活動について詳しく教えてください。
吉原:はい。湿原の西側には、稚咲内海岸という利尻山が見られる美しい眺めの海岸があって、そこは6月~8月にかけて花々がたくさん咲き、素晴らしい夕日の景観が楽しめる場所になっています。
でも実は、海流の関係で毎年多くの漂着ゴミが打ち上がっている問題があるんです。
そこで、私たちと町民、近隣市町村の方々が100人前後集まってともに清掃活動を実施しているのですが、ゴミの量としては2トントラック4台分もでます。
ーそんなに多くのゴミが流れ着いているんですね。
吉原:そうなんです。海岸線だけでなく、国立公園内の湿原の沼や、河川にも街からのゴミが流れ着くんですよ。
沼や河川のゴミは、陸上からアプローチできない困難な場所にあるので、カヤックで川を下りながら清掃活動を実施することもあります。
サロベツに飛来するほとんどのガン・カモ類が塒(ねぐら)として利用している、湿原でもっともコアな部分のペンケ沼という沼は、湿原の乾燥化により消失しそうな場所にあるのですが、人は立ち入ることができません。
現在はそこの保全が急務となっています。
ー街からのゴミがどんどん流れ着いてしまうというのも大きな問題ですね。
吉原:近年はマイクロプラスチックの問題もあります。いったん漂着したゴミがまた海に流されて、細かくなったプラスチックゴミを魚が食べてしまい、また新たな問題が出てきそうです。
ー日本のゴミだけでなく海外からのゴミなども流れ着くのですか?
吉原:海外も多いですが、意外に日本のゴミも多いです。それは日本人が知っておいたほうがいいところですね。例えば、発泡スチロールやペットボトルなど、本当にいろいろなゴミがあります。
ー遠く離れた場所にあったゴミでも、同じ海である限りいつかは流れ着いてしまうんですね。子どもたちにそのことを伝える術はあるのでしょうか?
吉原:そういった活動もしております。地域の子どもたちを集めて、実際にゴミを拾ってどんなゴミがあるのかを調べたり、そのゴミが環境にどういう影響を及ぼすのかという話を交えたりして伝えています。
また、有償のボランティアも月に2~3回程度おこなっていて、地域の方々と一緒に地道にゴミを拾っています。
ー子どもたちが実際に体験して、自分の身の回りにあるゴミが環境の汚染に繋がるという感覚を身につけられるのはすごく素敵だなと思いました。
吉原:実は私たちの活動のほかにも、町主催や、小・中学校、高校で清掃活動を実施しておりまして。
子どもたちは拾いきれないくらいのゴミを目の当たりにして、自分たちの住む地域の抱える問題を理解しているのではないかと思います。
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サロベツ湿原の歴史や魅力を体験!サロベツ湿原センター
ーサロベツ湿原センターは、ロケ地などにも利用されているようですが、どのような施設なのでしょうか。
吉原:2011年12月に東映60周年を記念した映画「北のカナリアたち」という映画のロケ地として使われ、主演の吉永小百合さんや満島ひかりさん、駿河太郎さんなどが来られました。
施設では「人と自然の共生」というテーマをもとに、サロベツ湿原の自然や歴史などについてわかりやすく解説しています。そのほかにも、地域でおこなっている自然再生の取り組みに関する情報も発信しています。
ー入館料はどのくらいかかりますか?
吉原:環境省の施設なので、無料で入館できます。
今年の4月からは、VRのゴーグルを装着して360度全方位で湿原を巡れる、最新の機器が入りました。
去年、撮影班がドローンを使って湿原を撮影したんです。天気が悪くて湿原に行けなくても、臨場感あふれるサロベツ湿原をVRゴーグルや大型モニターで見られるようになりました。
ーほかに子どもや家族が体験できる学習プログラムでおすすめのものはありますか?
吉原:今はコロナによる緊急事態宣言という事情があって実施できていないのですが、通常時では湿原のものを使ったクラフト体験などを開催しています。
近年湿原の乾燥化に伴い増えてきた、ヤナギやハンノキを特別に伐採し、それらを利用して写真フレームなどを作る体験です。
ほかにも家族で楽しみながら館内の展示をより理解してもらうために、クイズラリーなどの設置もおこなっています。
ー素敵ですね。ガイドツアーもあるようですが。
吉原:コロナの影響で現在は実施していませんが、普段は私がガイドツアーの担当をしています。
外周1キロの木道があり、そこを歩いて季節の花や、湿原の成り立ちなどを詳しく説明しているんですよ。
湿原には小さな花が多くて、本当に足元を見ないとわからないような花がたくさん咲いています。
夏にはシンボル的な花となっているエゾカンゾウが見られます。エゾカンゾウは豊富町の花に指定されていて、大きくて目立つ花です。
ー冬は、雪が積もるんですか?
吉原:はい。雪は1mくらい積もるため、木道も全部雪に埋まってしまうことがあります。そのため、冬はスノーシューというものを履いて歩いてもらっています。
夏には立ち入ることのできない湿地の森にも雪が積もるので、冬ならそこを歩けるのが大きな魅力です。
樹齢300年くらいになる森の主、ミズナラ(ドングリの木)も見られますよ。
ーこの湿原ならではのアピールポイントはありますか?
吉原:1キロの木道を歩くと、湿原の発達の過程を見ることができる点です。
湿原は、低層湿原から中間湿原、高層湿原という順に発達していきます。
特に日本最大規模の高層湿原(ミズゴケを主体とした湿原)が分布しているところがポイントですかね。春から秋にかけてさまざまな花が咲くことで、植生の変化を楽しめるんです。
そのほかにも、かわいらしい花々や、見渡す限りの湿原の風景、野鳥のさえずりなどを心ゆくまで楽しめます。
ー3種類揃った湿原というのは珍しいんですね。
吉原:そうですね。北海道でも地域によって湿原のタイプが違います。例えば、釧路湿原は低層湿原がメインです。
湿原の中央部に川が流れているので、水がたくさん供給されて、ヨシやスゲなどの背の高い植物が育っています。
対してサロベツ湿原は、ミズゴケを主体とした高層湿原ですので背の低い植物が分布していることから、広大な湿原を見渡すことができるんです。
湿原の種類を意識しながら、実際に木道を歩くとよくわかりますよ。館内の展示でも詳しく紹介しています。
地道な活動で広がる“サロベツを愛する仲間の輪”
ー「サロベツ・エコ・ネットワーク」の今後の展望や課題を聞かせてください。
吉原:私たちの地道な活動の成果として、最近では少しずつ地域の方々が自然に目を向けてくれるようになってきたと感じています。
今、私が担当している環境教育活動に参加している子どもたちが親になるころには、さらにサロベツを愛する仲間が増えていることを期待しています。
芽が出るまでには時間がかかりますが、これからも地道な活動を続けていきたいと思っていますね。
また、普及啓発の一環でグッズも販売しているので、今後はそういったところでも普及活動をおこなっていきたいと思っています。
そしてこれからは地域がサロベツ湿原からどんな恩恵を受けているのかを見える化していきたいです。もっと多くの方に湿原のことを知っていただくことを目指して活動していきたいと考えています。
ー子どもたちが湿原を愛してくれることで、この活動はどんなふうに展開していくのでしょうか?
吉原:例えば、将来私のような職業に就きたいといってくれる子どもたちがどんどん増えてきています。
自然や地域のよさをわかった子たちが将来どこへ行ったとしても、サロベツや自然の大切さを友達や家族などいろいろな人に広めてくれるでしょう。
私たちはそういった形で、「サロベツ・エコ・ネットワーク」の考えや活動をどんどん広げていきたいと思っています。
ー最後に、この記事を読んでいる子どもたちや保護者に向けてメッセージをお願いします。
吉原:サロベツ湿原の広さは日本で第3位で、6,700ha。東京の山手線がすっぽり入ってしまうくらいの景色を、ここでは全部見渡すことができます。
そのため、広大な景色や高山植物、さまざまな野鳥を観察することが可能です。
さらに日本ではこの地域でしか見られない絶滅危惧種のシマアオジやチュウヒといった野鳥が繁殖しています。
コロナが落ち着いたら、ぜひ足を運んでいただいて、サロベツ湿原の空気を思い切り吸い込んで、元気になって帰ってほしいですね。
ー本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力 / 写真提供:認定NPO法人 サロベツ・エコ・ネットワーク