障がい者や高齢者をプールでサポートする、全国でも珍しい水の中でおこなうボランティア「プール・ボランティア」という活動をご存じですか?
今回は1999年に設立し大阪を拠点に活動しているNPO法人「プール・ボランティア」事務局長の織田智子さんとボランティアスタッフの方にお話を伺いました。
障害を持つお子さんに運動をさせたいと考えている親御さんやボランティアに参加してみたいと思っている方、また、プールで「ヘルプマーク」の付いたスイムキャップを被っている人を見たことがある方にとっても興味深い内容になっていますので、ぜひご一読ください。
障がい者や高齢者が気軽に水泳を楽しめる社会に
―本日はよろしくお願いします。早速ですが、「プール・ボランティア」はどのような活動をされている団体なのでしょうか?
織田 智子さん(以下、織田):プール・ボランティアは、「障がい者や高齢者、みんなにプールで水泳を楽しんでもらいたい」と立ち上げたNPO団体です。
身体・知的障がい者や高齢者とボランティアとのマンツーマン体制で取り組む水中プログラムを通じ、水遊びや運動の楽しさを感じてもらうことを目的としています。
目標は25m泳げるようになること。プールで安全かつ楽しく水と親しむことができる、全国でも数少ない水の中のボランティアです。
―確かにプールでのボランティアは珍しいですよね。この活動をするに至った経緯を教えてください。
織田:22年前の設立当時、健常者は市民プールで泳げますが、障がい者は障がい者専用プールに行ってください、という時代でした。
当時、車椅子の人を市民プールに連れて行くと、障がい者専用の施設をすすめられるんですね。
その市民プールには車椅子で入れる入水用スロープや障がい者用更衣室もある。障がい者が利用しやすいトイレなどもあり充分な設備が整っている。にも関わらず、障がい者専用プールに行くようにといわれるんです。
市民プールが近所にあるのに、月に1度行けるかどうかの遠方の障がい者専用プールを利用しないといけない。「障がいを持つ人が、近所にある気軽に行けるようなプールをもっと楽しんでもらえるようになったらいいな」という想いがきっかけで、この活動を始めました。
目指しているのは、障がい者も高齢者も、誰もが健常者と同じように、いつでも水泳を楽しめる社会の実現です。
スタッフがマンツーマンで指導し「水が怖い」から「楽しい」へ
―「プール・ボランティア」のスタッフの方はどのような活動をされていますか?
織田:ボランティアスタッフは、主にマンツーマンでの水泳指導をおこなっています。スタッフとして、現在180人を超える登録者がいます。年齢層は幅広く、高校生から中高年までさまざまな意気込みを持った人たちが活躍しています。
障がい者のなかには車椅子の人や重度の障がいを持つ人など、誰かが一緒にいないとプールに入ることができない人もいます。保護者は観覧席から見学し、付き添いはしないため、命を預かるボランティアであるともいえます。
―それは責任重大ですね。
織田:ボランティアスタッフが水泳指導をおこなうので、水泳技術も必要です。「水の中ならどんとこい!」という人じゃないとなかなか務まらないボランティアですね。
健常者の子どもなら初めて水泳を習うとき、「怖い」「苦しい」と感じても、たいてい1か月ほどで慣れますが、「プール・ボランティア」を利用する子どもたちは重度の自閉症だったりするので克服までにとても時間がかかります。
怖がらずにシャワーを浴びたり、プールに顔をつけられるようになったりするのが、1年や2年かかったり3年かかっても難しいこともあります。毎回泣き叫ぶ子をなだめて連れてくる親御さんは大変だろうなと思います。
でもプールにさえ連れてきてもらえれば、子どもを楽しませる自信はあります。私は職員ですが、ボランティアの方たちもみんなそのような想いで取り組んでくれています。
水中プログラムで水泳だけでなく生活で大切なことも身につく
―ボランティアする側から見て、実際に子どもが「水に触れるのが怖い」から「楽しい」に気持ちが切り替わっていくにはどのくらいの期間がかかるのでしょうか?
ボランティアスタッフ:個人差はありますが、やはり1年はかかるかなと思います。
ここでの活動を通して、プールに入れず自分で髪も洗えなかった子が泳げるようになって、林間学校でも1人で髪を洗えるようになることもあります。
プールでは着替えもするし、シャワーも浴びないといけませんよね。水中プログラムでは、水泳だけでなく生活で大切なことも身につくため、保護者の方も楽になるのではないでしょうか。
―新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、さまざまな活動が制限されていますが、影響はありますか?
織田:2020年3月から3か月間、使用しているプールがすべて閉鎖されました。その間に身体が不自由な27歳の利用者さんは体重が30kgから25kgまで落ちてしまったんです。
それまでは焼肉が大好きだったのに、プールに入れないことによって運動量が減り、それに伴って筋肉が弱り、食事も喉を通らなくなったと聞いて…。プールに行けないことが命を脅かすかもしれないと感じました。
それまで私たちは「プールは余暇」と考えていましたが、彼女たちにとって、プールは体力・健康増進ができる「生きるための大切な場」であることを、コロナ禍を機に痛感しました。
―現在はどのような状況でしょうか?
織田:以前より状況が悪化している現在ですが、プール・ボランティアのようにマンツーマンでボランティアが1時間半プールに一緒に入ってくれる団体は他にはないので、大阪市内で活動を続けています。
また県外からの利用者もいるのですが、彼らは県外移動が規制される度に休みを強いられるのでそういった面でも影響は出ています。
自閉症の子どもにとって、「コロナだからプールは休みなんだよ」というのを理解するのは難しいことです。何もわからず諦めないといけない、という可哀そうな状態が続いています。
利用登録者は最盛期には障がい者と高齢者合わせて150人以上いましたが、コロナ禍以降減少し、現在は60人ほどです。ただその60人は毎週プールに来られるので、ボランティアの数が足りていないのが現状です。
―利用者やボランティアスタッフが安心して活動できる対策も必要になりますね。
織田:プールに入る前の健康確認書の記入や検温といった一般的な安全対策に加え、新型コロナウイルス感染症にも対応できるNPO保険のオプションを追加しました。更衣室では密にならないよう配慮し、プール空間は30分毎に換気されています。
自閉症や肢体不自由な子どもは、自分の体調が悪いということをなかなか伝えられないことが多いので、コロナ対策が原因で体調を崩したりしないようにも気を配っています。ここはボランティアスタッフの経験やスキルが活かされる部分でもありますね。
―実際に利用された方からはどのような反響がありますか?
織田:プールの中で子どもが泣き叫んだりする姿は、観覧席から見ているお母さんにとってはつらい部分もあると思います。この期間がとても大変なんですが、これを乗り越えればみんなプールが楽しみになるんです。
半年~1年後にはプールが大好きになって、イルカのように泳げるようになったり、家での勉強でも持続力がついたり…といろいろな成果がみえてきます。
また親御さんと離れ、ボランティアとのふれあいを続けることで「コミュニケーション力がついた」という声もあります。高校生になると「プールに入りたい」「お母さんは家で留守番してていいよ」というくらい、みんな成長します。
―それは素晴らしいですね!
織田:ボランティアの活動内容は基本的に水泳指導ですが、私が22年前一緒にプールに入って遊んでいた子は、今や一緒に「泳ぐ仲間」です。この取材の後も彼女とプールに入るんですが2キロは泳ぎますね。
ボランティアスタッフ:彼女は25歳くらいの若者で体力もあるので、もう少ししたら私たちも抜かれてしまいますね。本当にみんな「いい泳ぐ仲間」だと思っています。
織田:私たちが出場する水泳大会に利用者さんも出場したり、ボランティアさんのなかにはスイミングスクールに通って水泳の指導を改めて学び直す人もいます。この活動を通じて、いろんな広がりが生まれていますね。
「ヘルプマーク・スイムキャップ」の無償配布や浮き具なども開発
―「ヘルプマーク」をプリントしたスイムキャップの取り組みについて、詳しく教えてください。
織田:「ヘルプマーク・スイムキャップ」をボランティアで作り始めたのは、2018年の夏ごろです。当時は巷で「ヘルプマーク」は一般的になってきていたのですが、東京に比べて関西などではまだまだ認知度が低めでした。
「ヘルプマーク」を付けている人は目にするし、気を遣おうという雰囲気にもなってきていたものの、「ヘルプマーク」を付けていないプールでは「この人、障がいを持っているんだけど…」で終わってしまっていました。
自閉症の子は傍目にはわからないので、プールでも助けられず、迷惑がられたり怒られたりするのもよく目にしていたので、スイムキャップに「ヘルプマーク」を付けたら、街中のようにみんな優しくなるのでは?と思ったのがきっかけです。
厳しい規定などをクリアし、東京都庁福祉保健局から許可を得て、「ヘルプマーク・スイムキャップ」を全国に配布する運びとなりました。
―反響はいかがでした?
織田: 最初にFacebookに投稿すると大反響が起きて、すぐに400枚が全国に渡りました。そんなに必要な人がいるのであれば…と新聞に出すと、さらに反響があり、あっという間に1000枚ほど配布できました。
水泳は障がい者にとって楽しみやすいスポーツであると同時に、膝に障がいのある人や高齢者にとってはリハビリの場でもあります。いろんな人にもっと優しいプールを提案できればと思い、この活動を続けています。
また、ほかのプール利用者にも「ヘルプマーク・スイムキャップ」の意味をわかってもらえるよう、啓発ポスターをプールに掲示したりもしています。
反響で1番多いのは、聴覚障害の方で「見知らぬプールに行って、災害時に取り残されてしまうかもしれない。だからヘルプマーク・スイムキャップがあると非常に助かる」といった声です。
また、視覚障がい者が周囲の情報に気づけなかったり、膝に障がいがある高齢者が入退水に手間取ったときなどにも、何か障がいがあるのかなと周囲にわかってもらいやすくなりました。そういった点も評価されていますね。
―「ヘルプマーク・スイムキャップ」は利用者にとって心強い存在ですね。
織田:私たちもプールで「ヘルプマーク・スイムキャップ」を被っている人を見ると、声を掛けやすいという利点があります。
「お母さんと来たの?」「頑張ってね」と何気なく声をかけられ、そこでコミュニケーションが生まれるので、そういう流れが全国に広まってくれればと思います。
とはいえ私たちが実施している障がい者対応研修で「このマークを知っていますか?」と聞くと、大都市での認知度に比べて、地方ではまだ知らない方が半数以上という実情です。
「ヘルプマーク・スイムキャップ」の認知をさらに広めていくのも今後の課題です。
―ぜひ全国に普及してほしいですね。「ヘルプマーク・スイムキャップ」のほかにも手がけられていることはありますか?
織田:あまり泳げない人でもプールを存分に楽しめる浮き具や、プールボランティアからの意見をもとに開発したプール遊びが安全にできる車椅子などを開発しました。
もともとプール用の浮き具というのはデンマークなど海外製のものしかなく、日本製のものはありませんでした。
海外製だと1つ5、6万円と高く、なかなか気軽に購入できないので、日本で作ったら、もっといいものがもっと安く手に入るんじゃないか?ということで開発しました。だいたい1万円前後で提供できるようになっています。
プールで指導しているインストラクターの方に浮き具を試していただきたいですし、子どもをプールに連れて行かれるご家族の方にも使っていただきたいです。サポートする側もされる側も楽になりますよ。
織田:また、裸足で操作しても痛くない、濡れた手で持っても回すリングのところが滑らない、プール専用の車い椅子も安く提供しています。
公式YouTube で、浮き具を使っている様子 や、プール専用の車椅子を使った様子 、プール遊びをしている光景などを公開していますので、ぜひご覧ください。
―「プール・ボランティア」では、どういった団体から支援を受けられているのでしょうか?
織田:大阪ガスさん、阪急阪神ホールディングスさん、阪急阪神百貨店の社会貢献団体のH2Oサンタさん、パナソニックさん、ヤフーさんなど、大阪のさまざまな企業からご支援をいただいています。
プール・ボランティアで被るスイムキャップには、感謝の気持ちを込めてご寄付いただいた企業名をプリントさせていただいています。
―企業のPRにもなりますね。
織田:公共プールを利用した当初、私たちはとてもアウェイな存在で、障がい者をいっぱい連れて行くと先に泳いでいた方たちから嫌な顔をされたり、目障りといわれたりもしました。
ところがある日、「パナソニック」の社名をプリントしたスイムキャップを被ってプールに入ると、1人の男性から「僕、パナソニックのOBだよ」といわれ、それ以来、男性をはじめ周りの方たちが徐々に優しく接してくださり、「よく来たね」という雰囲気に変わっていったんです。
このスイムキャップはご支援いただいている方たちが見守ってくれているというか、ボランティアに力を授けてくれて、周りの方たちとの潤滑油にもなる、とてもありがたい存在です。
企業に限らず、いろいろな形でのご支援を用意していますので、ご興味のある方は、ぜひ私たちの公式サイト をご覧ください。
関西だけでなく関東での活動拡大も目指して
―今後、どのような活動をしていきたいですか?
織田:新型コロナウイルス感染症の拡大がなければ、今ごろ東京にも拠点をつくって活動を始めていたと思います。
現在「プール・ボランティア」の事務局を運営しているのは、理事長と私の2人だけですので、後継者を見つけて関東方面にも活動の場を広げていこうと以前からいっていました。
行動が制限されている今、自閉症の子どもたちだけではなく、高齢者の病後のリハビリのお手伝いをしてほしい、プールに連れて行って歩行訓練をしたいなど、東京や神奈川などからの問い合わせも増えています。
そういう方たちはお金には代えられない「時間」を争っているので、一緒にプールに入っていろんな課題を改善していけたらなと思っています。
状況を見ながらではありますが、関東の方たちと手を繋いで活動を始めていけたらと考えています。
―関東の方たちはその実現を心待ちにしていると思います。では最後に利用を検討している方や読者に向けてメッセージをお願いします。
織田:土・日曜日の午前中にプールで活動していますので、お近くの方は観覧席から見学していただければどんな活動をしているかわかっていただけると思います。
子どもたちがグリーンのキャップ、ボランティアが青いキャップを被ってセットで動いていますので、すぐにわかります。
ぜひ参加して子どもたちに水の楽しさを味わってほしいと思います。
また、関東方面の方もぜひご相談ください。大阪のプール・ボランティアには、東京から単身赴任で来ている方たちが多く在籍しています。
赴任期間を終えて東京に帰られている方もいますので、彼らにサポートを依頼したり、私たちが月1回出向いてボランティアをおこなうなど、何かしらの形でお役に立てるかもしれません。
東京での活動は近いうちに実現したいと考えていますので、ご要望なども含めてお気軽にご相談いただけるとうれしいです。
―本日は貴重なお話をありがとうございました。
■取材協力:認定NPO法人 プール・ボランティア