1882年に創立以来、いち早く英語学校や予備校などの教育事業に取り組み、現在は社会課題への取り組みなど、さまざまな活動をおこなっている大阪YMCA。
大阪YMCAの事業のなかには、里山がまるごと教室となり、環境教育を通してさまざまな学習を提供している「紀泉わいわい村」があります。
情報が発達して便利な世の中になっている現代において、子どもたちが昔の生活を体験できる自然環境はとても貴重です。
今回は、大阪YMCA・里山の自然学校「紀泉わいわい村」の柳原 謙介(やなぎはら けんすけ)さんに、活動内容や自然環境への取り組みについてお話を伺いました。
昔の生活体験ができる「紀泉わいわい村」
ー本日はよろしくお願いいたします。まず、「紀泉わいわい村」では、どのような活動をおこなっているのでしょうか。
柳原 謙介さん(以下、柳原):「紀泉わいわい村」の活動コンセプトのひとつは、昔の生活を体験することです。
自然環境や昔の人たちの生活などを体験することで、子どもたちが先人の知恵を学び、その体験を通して自然や環境問題に目を向けてもらうことが、一番大きな目的です。
ー子どもたちは、自然に触れることによってどのような反応をしますか?
柳原:「自然のなかで気持ちいい」といったことや、経験したことのない非日常の経験ばかりなので「楽しい」と感じてもらえると思います。
ただ、都会よりも虫の量がとても多いので、虫などが苦手で嫌になってしまう子どももなかにはいます。
それでも、「虫がたくさんいる」と感じてくれることが僕らの活動の成果でもあるので、それはそれでよいことなんですよね。
「紀泉わいわい村」は、ホテルや民宿のような一般的な宿泊施設ではなく、昔ながらの生活をとおして、さまざまな非日常体験をしながら多くの事を学べる施設です。
不便を知ることで改めて実感できる便利さの有難み
ー昔ながらの体験について、参加した保護者はどのように感じているのでしょうか?
柳原:「紀泉わいわい村」の宿泊施設にあるかまど(へっつい)や囲炉裏、五右衛門風呂などは、今の小学生の親世代でも初めて体験する方が多いです。
また、ご家族のおじいちゃんやおばあちゃんが一緒に来た際は「懐かしい」と言ってくれています。
昔の生活を体験できることは楽しんでもらえると思いますが、実は、今の時代の私たちからすると五右衛門風呂やかまど(へっつい)料理などを使用するのは、とても不便な生活なんですよね。
便利なことがすべて悪いというわけではないですが、不便さを知ることで、初めて今の世の中の便利さに気付いてもらえたら嬉しいです。
たとえば、コテージの照明は裸電球を使用しているので、「暗く感じる」という声が多いです。
それが夜になると、周辺に街灯などがないため、裸電球の明るさだけでも十分だと気づいてもらうことができます。
夜に、「暗い」と言われたことはありません。
都会のような、蛍光灯が至るところにある昼間の明るさに慣れてしまっていても、裸電球や自然の月明かりを体験することで、普段、いかに明かりが強すぎる生活なのかといったことに気づいてもらうことができます。
そのことに気がつくと、「普段から電気を使い過ぎているのかもしれない」と、生活に省エネを取り入れることに目を向けてもらうこともできます。
ー施設を利用する際、かまど(へっつい)や五右衛門風呂などの使い方のサポートはしているのでしょうか?
柳原:施設を利用してもらうすべての方に、スタッフが使い方の説明をしています。
そのなかで、電気の話や薪を使っての生活はどういったものなのかなどを簡単に話しています。
そして、私たちは説明をしたあとは、参加者の方にすべてお任せしているんです。
そうすると、なかには火がつけれない方やご飯が炊けない方など、失敗する方も当然出てきます。
しかし、失敗しても「いい経験」になると思うんですよね。実際にやってみて、工夫してみたりするなかでやり方は覚えていくものなので。
ー確かに、昔の人は大変だったということを改めて知ることができますね。昔の生活は、子どもにとって衝撃的かもしれませんね。
柳原:そうですね。昔の生活は不便で、人の手がたくさんかかります。
だからこそ子どもには子どもの、大人には大人の役割があり、「ご飯を炊く」「お風呂に入る」だけであっても、「それぞれが助け合って協力し合わなければなにも進まないんだよ」と、家族連れの方には伝えています。
昔は、子どもがお風呂を沸かすための薪を集めるのが当たり前だったのですが、今は便利になってその必要がなくなりました。
今の時代、「家族のつながり」を見直すためには、そういう仕掛けがあってもよいのではないかと思っています。
それこそ、薪に火をつけるのが父親の役割で、火がなければどれだけ準備できていても母親が料理できない。
だから、火をつけるために薪を子どもたちが集めてこなければならず、そこで、家族のコミュニケーションが生まれる。
全部が繋がってひとつの生活になるという部分は、気づいてほしい大事なことです。
ー「紀泉わいわい村」には田んぼや畑、池などがありますが、収穫体験は可能なのでしょうか?
植え付けなどはスタッフがおこなっていますが、タイミングがあえば季節に応じた野菜の収穫体験や、収穫した野菜をお土産として持ち帰ることも可能です。
もちろん、その日のご飯として食べることもできますよ。
また、都会に比べると生き物の種類や量が全然ちがうので、収穫体験などの際にさまざまな生き物に出会うことができますね。
自然環境が残っていれば居て当たり前の生き物ばかりですけど、都会ではなかなか見れない虫や生き物がたくさんいます。
準絶滅危惧種と言われていて、水の綺麗な場所でしか生きられないイモリもここにはたくさんいるんです。
大自然のなかで学べるプログラム
ー「紀泉わいわい村」のプログラム(クラフト体験・アウトドアクッキング・里山自然体験)について教えてください。
柳原:クラフト体験は、幼児から小学校高学年くらいまでを対象に、自然物を使った作品づくりができます。
具体的には、竹をナタで割って、お箸状にしてそれをナイフで削ってつくる「オリジナル箸づくり」などです。
使用するナイフは「肥後守」と呼ばれる折り畳み式のもので、昔の子どもたちは鉛筆を削るために「肥後守」を使っていました。
昔の子どもたちの筆箱には必ず「肥後守」が1本入っており、今の子どもたちにもオリジナル箸づくりをとおして、昔の子どもがやっていたようなナイフの使い方を体験してもらいたいという考えです。
次に、アウトドアクッキングですが、キャンプ場にあるかまど(へっつい)で薪や炭を使って料理するので、昔ながらというよりはキャンプ体験に近いかもしれません。
もちろん、電子レンジやオーブンなどの便利家電がない環境なので、自分たちの力で火を起こして、家族やグループで協力して作っていただきます。
また、年末年始などの寒い時期におこなう餅つきは、毎年大人気です。
最後に、里山自然体験では、ビンゴシートや探検シートなどを用意しています。
シートに書かれている課題に対する答えを、村のなかから探してもらいます。
学年や季節によって課題の難易度や内容を調整することも可能なので、さまざまな年代の方に楽しんでもらえる仕組みですね。
ー里山キッズ、ファミリー自然学校についても教えてください。
柳原:里山キッズは、月に1回子どもたちを集めて、村で活動をしています。
子どもたちが主体となってテーマを決めて、アウトドアクッキングや川遊び、キャンプなどさまざまな企画を毎月定例会としておこなっています。
参加者は年間登録制で、多いときで約30名ほど。
現在はコロナ渦によって参加数が減ってしまい、約10名ほどの参加者です。
一方、ファミリー自然学校に関しては、里山キッズのファミリー版という形で、ご家族を対象としています。
活動内容は、毎回いろいろなメニューの野外料理をしています。
たとえば、9月には栗ご飯づくりといったように、季節に応じたイベントも用意しているんです。
ー「紀泉わいわい村」利用しているのは、どのような人たちでしょうか?
柳原:全体の半分以上は、家族単位での利用ですね。
土日に1泊する家族や、家族同士でグループを作って参加される方々、リピーターとして再度来てくれる方なども多いです。
利用するのが家族単位であれば、ゴールデンウィークや週末、お盆あたりがメイン。
学校関係で利用するのであれば、平日がメインになるため、うまく棲み分けができている印象です。
そのほかにも、大人だけで利用している方もいます。大学生の若者グループなど、本当に幅広い世代の人たちが楽しんでくれています。
環境問題とこれからの取り組み
ー「紀泉わいわい村」の今後の展望について教えてください。
柳原:SDGsのすべてではないですが、環境に関係のある部分は私たちも取り組んでいく必要があると考えています。
SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称のことです。
施設を通して一般の方にも認知を広げていく活動は、これからも必要だと思いますね。
今まで「紀泉わいわい村」がやってきていることもすべて繋がっているのですが、少しでも参加者の気付きを得られるような活動を増やしていく必要があります。
環境に関して、よく耳にするのは「自然破壊」などの悲観的な部分が目立っていますが、「自然破壊」をしてはいけない理由への理解が不足しているように感じています。
たとえば、なぜ「自然破壊」をしてはダメなのか、その理由をしっかり理解して、それぞれの家庭などの小単位で対策に取り組むことができれば、未来は変わってくるような気がするんです。
そのための活動は、積極的に推し進めていきたいと考えています。
あとは、非常に便利な世の中になっていくなかで、子どもたちの自然体験などが少なくなってきているので、「人と人との繋がり」や、その過程で「繋がるためには何が必要か」など、改めて考える必要があると思いますね。
私たちの活動は、子どもたちの心の部分の成長を願いながらおこなっているので、キャンプ場の環境を利用して「子どもたち同士の繋がりや生きる力」を身につけてもらえたら嬉しいです。
ーSDGsの環境17項目でいえば、どの部分が当てはまるのでしょうか?
柳原:私たちの活動では、あえていうなら12項目の「つくる責任、つかう責任」だと思います。
宿泊棟で宿泊される方には食材を用意して渡しているので、利用者が「責任をもって料理を作り、責任をもって食べる」ことは、少なからず12項目に繋がる大切なことです。
あとは、13項目の気候変動に対する具体的な対策であったり、4項目の教育の話などにも繋がっていますね。
私たちの取り組みは、SDGsの17項目にそれぞれリンクしていると思いますが、私たちだけですべてを達成するのはなかなか厳しい部分でもあります。
そのため、「紀泉わいわい村」は大阪府の施設ということもあり、行政と民間が手を取り合ってよきパートナーとなり、協力しながら目標達成を目指していけるような活動をしていきたいと考えています。
子どもたちの「気づきの一歩目」をサポート
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最後に読者になにか伝えたい想いやメッセージがあればお願いします。
柳原:大阪YMCAでは、「紀泉わいわい村」の活動のほかにも、サッカーやバスケ、水泳や語学教室など、さまざまな活動をおこなっています。
それぞれの活動への参加者は、そこで学んだことをどう活かしていくのかという部分を、子ども自身で発見していくことが重要です。
子どもたちがさまざまなことを体験して楽しむなかで、なにか「気づきの一歩目を踏み出してくれるといいな」という思いを込めて、私たちは多くの活動をおこなっています。
興味を持っていただけたら、ぜひ気軽に体験しに来てくださいね。
ー本日は貴重なお話をいただきまして、ありがとうございました!
■取材協力:大阪YMCA 里山の自然学校「紀泉わいわい村」